『無様な負け姿だったわね』
「…名前」



ザッと南沢の背後に立ちはだかった1人の人影。
なぜここにいるのか、なんてこと少し自分の学校での知名度考えれば分かることだしバレないとも思っていなかった。
それなのに南沢が驚いたのには理由が別にある。
あんな別れ方をして彼女が…名前このフィールドにやって来るとは思ってはいなかったからだ。


「なんで来たんだよ」

『なんで…?あんたが話があると思って来てあげたんだけど?』


名前は動じない。リングを机に叩きつけ別れたあの日のように。
南沢は顔にこそ出さなかったものの少し気が気ではなかった。
確かに名前に話したいことはある。

だがそれはこの試合に勝って初めて言おうとしていたことだ。
負けてしまった今、これを言っていいものなのか。



『言っとくけど、言わないだなんて許さないから』
「!」
『芝居に騙されたふりして散々待たせたんだから言ってくれないと今度こそ別れるわよ』

「は?今度こそって…」
『私、"さよなら"とは行ったけど"別れよう"って言った覚えわないわ』



言葉にしても思考にしても南沢の上を行くようだ。
この様子だとあのフェイクにも彼女は気付いているのだろう。



『あのリングは貴方に預けたの』



南沢はユニフォームのポケットに手を入れた。
そのユニフォームが雷門のものではなく月山国光のものは2人が今向かい合っている証拠なのか。

あの日から片時も離さずに持っていたそれ。
自分の分はなくさないようチェーンに通して首から下げている光り輝くリング。


『やっぱり』

「…お前には敵わねぇな」
『当たり前よ。誰の彼女だと思ってんの』


笑ってみせる名前の表情は自信に満ちていた。
そんな名前の手を取ってゆっくりとリングを自分よりも細く白い指に通す。





『それで?』




名前の不敵な笑みはどうにも調子を狂わせるようで南沢は一瞬口をつぐんだ。
何を言っていいのか。ずっと考えていた言葉はいざとなれば役には立たない。
じり、とフィールドの芝を踏みしめ名前に一歩近付く。

久々に近くで見た名前は何も変わっていなかった。
自分を射抜く鋭い瞳も意外と長いまつげも。
息を飲んで小さく深呼吸。
我ながらだっせぇ、と思いながら口を開く。


だがその言葉は発されることはなかった。




「ーっ」




名前の唇にすべて飲み込まれた言葉。




『…スキだらけよお馬鹿さん』




言ってのける名前に南沢は何も言えず、でも何もしないのも釈だったのでリングを通した手の指を絡めとった。







言葉にしなくても

(伝わってればいい)
(貴方に伝えたかった"ありがとう"を)

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