『南沢さんのばかぁぁぁ!』


グランドにこだまする名前の叫び声は空気をつんざく程の威力を持ち合わせていた。
皮肉にも南沢に向けた筈のそれは本人には聞こえておらず。

被害は南沢以外のサッカー部員に及ぶ。


『もういいいもん!南沢さんなんか嫌いになってやる!』

「…今度はなんなんだ」
『ちょっと聞いて!』


こうして始まる名前の南沢に対する愚痴。
それは日常関係だったり女関係だったりサッカー関係だったりと問題のバリエーションは様々だ。

こんな彼氏彼女にはなりたくないなぁと周りに思われていることには全く気付いていない。

さぁ今日はなんの問題なのか。
シカトを決め込んだふりをしてなんだかんだで皆気になっているらしく若干意識は耳に寄っている。


『南沢さんが…』
「が?」


『私の……私のとっておきのお菓子を食べたんだ…!』



「…………なんだって?」

『だーかーら!今日ハロウィンだから皆にあげる様持ってきてたの!…それなのに…それなのに…!』



今回は飛び抜けてどうでもいい事だった。

もういいと言ったのに名前はマシンガントークを止めない。
なんでも部室の机に置いておいた期間限定もののお菓子(部員人数分)を全て食べられたらしく文句を言ってやろうと追いかけ始めた矢先南沢はひらりとそれをかわしていなくなったそうだ。


『こんな時だけ運動神経発揮して…!』


結局南沢が捕まることはなくグランドにもその姿は見えず仕舞。
怒りを露にした名前がいることは誰の目から見ても分かるため、南沢の立場であったら誰もグランドには近寄らないだろう。


「イライラすんのはわかったからその負のオーラまき散らすのやめてくれ」
『…文句なら南沢さんに言ってよね…!あー!なんなのもう!』


髪を掻き乱しギリギリと歯を噛み締めている様子を見る限り相当怒っている。
なんでこんな2人が付き合えてるんだろうと一部の人間に謎が生まれたのは内緒だったりする。
イライラするときは甘いものなんて言うがこの場合その元凶が甘いものなんだから収拾のつかないことになっていたりした。


『南沢さんのばかー!エロー!』「誰がエロだ馬鹿」

『うあっ!!』


表立った怒りに静かな怒りの声が重なる。
驚いて振り返ればそこには散々探し怒りの矛先を向けようとしていた彼がいた。


「南沢さんお帰りなさい」
「後は任せましたよ。面倒くさいんで」

「あぁ。悪かったな」


『ちょっと南沢さん!私の…「ん」……は?』


小さくガサりと音を立てて差し出されたのはスーパーの袋。
恐る恐る受け取って中身を覗いてみれば中にはガムや飴から始まりポテチやクッキー、様々なお菓子が袋内に所狭しと詰め込まれていた。

まさか自分を回避しながらわざわざ買いに行っていたのか。

バッと顔を上げれば南沢にすました顔で頭に手を置かれた。




「それで期限直せよな」




俺の自費なんだから、と先程自分で乱された髪が更に乱されていく。


『ちょ、先輩!』
「うるせ。trick and treatだ」

『andってどっちもじゃないですか!』


でも乱れた髪とは反対に心は静まっていく。
何度も何度も怒ったりどなったりするけれども結局自分はこの人のことが好きなんだなぁなんて思ってしまった。







トリックandトリート!

(もう…やっぱり南沢さんはずるい!)


●●


- ナノ -