才能がある人は狡い。
だから私は才能がある人が苦手だったり嫌いだったりする。


「最優秀賞は―神童拓人!」


その中の代表格…神童拓人が私は大嫌いだ。

母親がピアニストだった私は小さい頃からピアノをしていた。
プライドの高い母は私が負けるということを許さなかった。
ずっと白と黒の鍵盤に向き直っていた私が、ずっと白と黒のボールを追いかけているアイツに負けるのは私も許せない。

表彰式の終わって舞台袖に移動した私と神童。

顔なんか合わせたくもなかった。
なんで私が負けなくちゃならないの、なんで私が2番でなければいけないの。


「苗字も相変わらずいい演奏だったな」
『……』


笑って語りかけてくる神童が憎くて仕方ない。


『そんなお情けで話しかけてくれるのやめてくれる』
「情け?」

『アンタが上で私が下。その事実がある以上私に話しかけないで!』


防音の施された舞台の端で、私の怒鳴り声が響く。
ムカツクムカツクムカツク!
この余裕ぶった態度が勘に触る!



『私はずっとずっとピアノだけに打ち込んできたのに!なんでサッカーの片手間でピアノしてるアンタに負けるのよ!』



外で遊んだことなんかなかった。
ピアノを弾くのは好きだったけど、たまには外に出て駆け回りたい時だってあった。

それでもお母さんはそれを許してくれず。
ずっとピアノを引き続けた末路が今の私で。
ここまで努力をしたのに苦汁を飲む羽目になるのは私。

私の上に立つ神童はおぼっちゃまという立場上きっとのびのびと好きなときに好きなだけピアノを弾いていたんだろう。
今だってサッカー部のキャプテンでずっとサッカーをやっているはずなのに。


『なんで私が下なの!なんでアンタが上なの!』


ピアノを奏でる自分の指が震える。
私が人生のうちで一番時間をかけているであろうピアノ。

神童が奏でる音が確実に私よりも上手いと分かってしまうのが嫌だ。
実力差がわからないぐらい私が未熟なら良かったのに。
なんでわかっちゃうの。なんで実力差を見せつけられるの。


「…俺がピアノを始めたきっかけは苗字だったんだ」
『!は……?』

「小さい頃にコンクールに出てる苗字を見て、俺もあんな曲を弾いてみたいと思った。自分で奏でてみたいと思った」
『……嘘よ』
「嘘じゃない。初めて見たのは7歳の時だ」
『7歳?………!』


7歳。私が初めてコンクールで賞を取った歳月。
まさか、いや…そんなわけない。



「あの日から苗字のピアノに、苗字に惹かれたんだ。俺は…苗字の事が…」



でも神童の瞳に嘘はなくて。

でももう、神童の言葉がホントか嘘かなんてどうでも良くなるぐらい私の顔が赤くなるのが分かった。
だから私はとりあえず。




『その言葉の先は!今度のコンクールで私に買ってから言いなさい!』




精一杯の去勢を張ってこの場から逃げ出した。
あぁ帰って今すぐにピアノが弾きたい気分。

今なら最高の音が奏でられる気がするから。





奏でる音のみぞ知る

(私の気持ちは)
(私が奏でてやる)

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