『ねぇねぇ浜野くん、速水くん知らない?』
「速水?さっきあっちの方に走ってったけど」
『そっか!ありがと浜野くん!!』


休み時間の始まりを告げるチャイムとほぼ同時に教室にやって来た名前は、目の前にいた浜野に速水の居場所を聞くと浜野が指差した方へと一目散に駆けて行った。
全力で駆けて行った名前の姿が見えなくなるのにはさほど時間はかからず、


「おい速水、行ったぞ」
「…ありがと浜野」


壁と机の間に縮こまっていた速水が顔を出すのも名前が見えなくなって数秒後の出来事だった。


「だいたい何でそんなに苗字から逃げるんだよ?あんなに好かれてんのに」
「な」


倉間と浜野が声を揃えて言えば速水はハァと溜息をつく。


「好かれてるからだよ……」


自分の様なネガティブな人間に彼女の様なポジティブな人間は似合わない。
ならいっその事こっちから近付かなければいい。
そう思って名前の猛烈なラブアタックを避けはじめたのは一体いつからだったか。
確か一ヶ月程前だった気がするがもうそんな記憶は曖昧だ。
速水がもう一度溜息を付こうとした時不意に遠くから聞こえる疾走音。




『見つけた速水くん!』




まさか、気付いた時にはもう遅く、ガラリと開いたドアの先には目を輝かせた名前がいた。


『今度は逃がさないんだからね!』

「倉間、浜野…先生には言っといて」
「はいはい」
「ま、頑張れよ」


その声を最後に速水は名前の入ってきたドアとは逆のドアへ走り出す。
追いかけっこの舞台が教室から廊下に変わり、真っ直ぐな直線のみが勝負の場となる。


「何でそんなに追いかけてくるのさ…」
『速水くんが逃げるからでしょー!』
「苗字さんが追いかけてくるからだよ」


走りながらの呟きがまさか名前に聞こえているとは思わず返事を返されて少し焦った。
それはさておき直線の廊下が階段に差し掛かった。
サッカーで鍛えたフットワークで速水はトップスピードのまま階段を駆け降りる。
負けじと階段を駆け降りようとした名前だったが、帰宅部である名前が速水と同じ様に階段を下れる筈もない。


『う、ひゃぁっ!』
「!」


ドサッ



足がもつれ、前のめりになった名前。
既に階段を駆け降り今まさに一階の廊下を疾走せんとしていた速水は慌てて落下地点へ足を運び名前を受け取めた。


「いたたた…」
『は、速水くん大丈夫!?』
「……なんとか…」


ガバッと速水の上から飛び退いて下敷きになった速水が怪我をしていないか見渡す。
外傷は見当たらず、思わず名前は安堵の息をついた。


『やっぱり速水くんはカッコいいよ』
「…え?」

『だから私速水くんの事追い掛けてるんだからね!
今日は助けられちゃったから私の負け。でもどれだけ逃げられたって追いかけ回してやるから覚悟しといてよ!』



どこまでも明るい名前に速水は明日から少し逃げる速さを遅めにしてやろうか、と考えていた。





ネガティブ少年とポジティブ少女

(一体僕のどこが好きなのさ…)
(んー?ヒミツ!)

_


- ナノ -