―素直な人間程やっかいなものはない。


狩屋マサキは心の奥からつくづくそう思っていた。


『マサキっ!パス練一緒にやろ!』
「うん。いいよ」

『やった!今日信助休みでさぁ』


ボール片手にグランドを駆けてくる女―名前にマサキは快く返事をしたが、彼の内心は見かけほど穏やかではない。
何かを信じるということが欠如してしまったマサキには名前の真っすぐな性格がどうも合わないらしく表立った笑顔とは裏腹に様々な思考を繰り返していた。

なんでこんな暢気なんだか、なんでそこまでサッカーを信じられるのか。

言いたいことは沢山あるがマサキはそれを口には出さないでいる。
なぜならその問い掛けに答えがあろうがなかろうがマサキがそれを信じる気がないからだ。



――信じるだけ、信用するだけ無駄になる





『よっし!行くよー!』


それ、とボールを蹴る名前だが、前より上手くなったとは言えお世辞にも上手いとは言い難いパス。
歪んだ軌道を描いてマサキのもとに転がるボールにマサキは名前に見えないぐらいの小さな嘲笑を浮かべる。


『うわっ、ごめんマサキ!』
「いいよいいよ、こっちも行くよ!」

『うん!』


それに比べ、マサキの絶妙なコントロールで蹴り出されたボールは美しい孤を描いて名前のもとへと転がっていった。


『やっぱりマサキは上手いね!私そんな綺麗にパス出せないよ』
「そんなことないさ。それに名前だって上手くなってるじゃないか」
『え、ホントに!?』
「うん」


会話中に一回また一回とボールが繋がっていく。
名前はマサキの言葉にただ嬉々としていたがマサキの思考は至って冷静だ。
サッカーに対してはなんとなく嘘が付けない、そんな性分。

冷静な思考の自分をまるで他人事のように思うと逆に笑ってしまう。


『でもマサキが羨ましいや』
「僕が?なんで?」


名前がボールをトラップし、ボールを両手で受け取った。



『だってマサキかっこいいんだもん』



素直な裏表のない笑顔で言い放った名前はパス練付き合ってくれてありがと!とベンチへ懸けて行く。
長い髪を揺らしながら駆けていく後ろ姿に唖然とした視線を向け、マサキはストンとその場に座り込んだ。

胸を鷲掴みにされたような、言葉にする言葉できない感覚。

なんだって言うんだ、マサキは一瞬苛立ちすら感じたがその苛立ちは名前の笑顔を思い出すと溶けるように消えていく。
そしてマサキは改めて思うのだ。



―素直な人間程やっかいなものはない。











好きと嫌いの紙一重

(マサキどうかしたの?)
(…なんでもないよ)


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