『南沢先輩!』

「ん?」

『今日もお疲れ様ですっ』


 そういってお辞儀をして、南沢にタオルを差し出す苗字名前。

 今年の春に雷門中へ入学してきて、たまたまサッカー部を見学しに来て、すると直後にマネージャーとしての入部を希望した1年生。


『練習、調子良かったみたいですね』

「ああ、まあな」

『明日の試合がんばってくださいねっ』

「ああ」


 なぜか入部後、子犬のように南沢になついた名前。

 ―――実は、彼女のことを決して嫌いではないのだが、明るい年下の女子というものに、どう接したらいいのかがあまりよくわからなくて会話がうまくいかない。

 自分はフランクなタイプではないが、だからといって冷たい人間ではないつもりだ。でもなぜか彼女への言葉が素っ気なくなってしまう。その態度が彼女の笑顔を時折くもらせていることもわかっているのに。

 でも、そんな素っ気ない態度の俺にも、彼女は何度でも笑顔を向けて接してくれる。



 …そうだ。恩返し…じゃないけど、たまには―――。



「なあ、名前」

『なんですか?先輩』

「今から暇か?」

『はい、暇ですよ』

「ちょっと付き合え」

『へ?』


 *****


『え、先輩、ここって』

「見ての通りだ」

『かわいい雑貨屋さんですね』

「なんか好きなの選べ。買ってやる」

『え!?い、いいですよ悪いですそんなの!』


 彼女は驚いて首を横に振る。しかし南沢は断固といった口ぶりで、


「俺がそうしたいんだから、さっさと選べ」

『え、な、なんで…』


 ―――なんでと言われたら少し困る。

 けれど、彼女に何かしてやりたい。強くそう思う。――あれ…それは何故だろう。


 …自分はいつも、彼女に何かをもらっているからだろうか?
 …何かって、なんだ?


「こういうのは?」

『あっ、かわいいー!』


 ふわふわの大きなうさぎのぬいぐるみに目を輝かせる名前。まるで小さな子供のようだ。


「……それにするか?」

『えっでもこんなの高いですよ多分…』

「バカ。ぬいぐるみ買ってやれないほど貧乏じゃねえよ」


 ―――駄目だ。またぶっきらぼうにこたえてしまった。

 今俺は、彼女を喜ばせてあげたいのに。


 照れ隠しのように顔をそらして名前の手からぬいぐるみを取り、そっぽを向いてレジに向かう南沢。

 レジにはだれも並んでおらす。すぐに会計が終わる。


『せっ…先輩、』

「…ほらよ」


 名前が何か自分に言いたがっているのはわかるが、とりあえず先にぬいぐるみを渡す(押しつける)南沢。名前はわ、と小さな声をもらしてそれをおずおずと受け取る。


『先輩…えと…なんで、急に、こんなことを?』

「…いらなかったか?」

『い、いえ!嬉しいです!ありがとうございますっ!』


 ―――また駄目だ。いらなかったか、なんて言う必要まったくないのに。もっと優しくこたえてやる事ができるはずなのに。


 なんでこうなるんだ。


『先輩からもらったので、大事にしますね。あ、今度何かお礼させてくださいっ』


 ―――そうやって俺の頭の中を後悔の念が渦巻いた瞬間にも、彼女はにっこりと笑って、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて。


 その表情と仕草を見ると、心臓がドキン、と高鳴って。




 ―――ああ、

 ―――なんだ。






 これって、惚れてるのか。







 ―――そうとわかれば、次に取るべき行動はひとつ。



「なあ名前」

『なんですか?先輩』

「俺いま、欲しいものがあるんだけどさ」

『はい?』

「お礼してくれるって言ったよな?」

『あ、はい、えっと、でも、その…あんまり高いものとかはー』


 少し苦笑いをして上目づかいに南沢を見るつばさ。南沢はそれを見て、ニヤリと不敵な笑みを見せた。


「金なんてかからねーよ。ちょっと目ぇつぶれ」

『えっ…は…はい…?』


 少し困惑しながらも素直に目をつぶる名前。



 ―――ちゅ


『、ん…っ?』



 顎に手をかけて、キス。

 マシュマロがふれるような、でもすこし濡れていて暖かい、唇の感触。



『せ、せんぱ…』

「もらったぜ、お前の唇」


 耳まで真っ赤になる名前。

 ―――自分の気持ちに気付いた今なら、素直に”かわいい”と思うことができる。


「ほんとは、他のものも欲しいけど、それは今度にしといてやるよ」


 ―――そう耳元で囁き、わざと彼女を困らせた俺だった。

 困り顔も、かわいいから。



 *****



 ―――敵が見えなければ打つ手はない。

 でも、正体がわかればもうこちらのもの。

 アイツの心は俺が頂く。

 ―――それはもう、決定事項。



 
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