「篤志のバカ!大ッ嫌い!」


バシンと響いた音と共に左頬に熱が走る。

それでも意識は目に涙をいっぱいに溜めながらも睨み付けてくる名前に向いていて痛みすら感じなかった。

走り去る小さな背中。

それを追いかける途中に、手にしていたタオルはゴミ箱へと投げ捨てた。



「待てよ。」

「ッ、着いてこないで!」

「嫌だね。」


もともと体力がない名前は数十メートル走っただけで息切れ。

よっぽどうかうかしない限りはサッカー部で鍛えている俺が追い付けない、なんて事はなかった。

がむしゃらに走ったのであろう名前と共に辿り着いたのはサッカー棟の手前。

ゆっくり話もしたかったから捕まえた腕をそのまま引いて建物へと入った。

どうせ昼休みが始まったばかりのこの時間、誰もこんなとこに来ないだろうとは思いながらも万が一を考えてミーティングルームではなくロッカー室へと。


「ちょ、離してってば!」

「だから嫌だっつっただろ。大人しく着いてこい。」

「わ、ぁ、きゃ……ッ、」


ドカリと座り込んだプラスチック製のベンチ。

グイと引いた腕をそのままに膝の上へと名前を座らせた。

腰を拘束してやれば逃げる術も無くなる。

グッと近くなった距離が恥ずかしいのか、あっという間に名前の頬は真っ赤に染まった。


「降ろして!」

「ったく…煩いお口だな?」

「っ、あつ……んっ、」


お仕置きだ、とばかりに顎を引き寄せて唇にかぶり付いた。

触れるだけでは足りず、角度を変えて深く、深く。


「ん、ぅ……ふっ……、」


舌を絡めて、弄んで。

漸く離してやればとろんと瞳を潤ませている。

俺からしてみれば色っぽい表情。

もっと先まで苛めてやりたいという気持ちを一先ずは押し止めた。


「は、ぁ……はぁ……っ」

「落ち着いたか?」

「なっ、何す…ッ、」

「お前が嫌いだとか言うからだろ。ほら、今なら許してやるから。」

「い、や!女タラシの篤志なんてもう大ッ嫌いだもん!」

「その割りにはキス、楽しんでたじゃねぇか?」

「う、煩い…ッ!」


必死に俺を押し退けようとする両腕は、それでもどこか頼りなげに震えている。


まったく、正直じゃねぇなコイツ……と思いながらも、名前に関してのこういった面倒事は嫌いじゃない自分がいるのも、事実。


「さっきの女から渡されたタオルなら捨てたぜ?」

「うわ…最低。」

「それに嫉妬してたくせによく言うな。」

「しっ、嫉妬なんてしてないんだから!」

「はいはい。」


分かった分かったと頭を撫でてやれば、悔しそうに唇を尖らせながらも突っぱねられていた両手はキュッと俺のシャツを握った。


「篤志は、狡い。」

「言っとくけどお前じゃなかったらここまでしてなんねぇからな。」

「……バーカ。」


口ではいまだ悪態をつき続けながらも、名前はコテン、と頭を俺の胸に預けて摺り寄ってきた。

あぁ、やっぱり。

人一倍意地っ張りな名前がこうして甘えてくる貴重な時間。

これがあるから名前に構わずにはいられないんだよな。なんて。

漸く大人しくなった身体を抱き締めながら内心ほくそ笑んだ。






手のかかるほど

(ほら、好きって言ってみ?)

(好きじゃない!……ことも、無い)





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