音楽室に見知った人たち。 苗字先輩と南沢先輩。そしてその間に立つ自分。 『篤志?』 南沢先輩をそう呼んだ苗字先輩に、苗字先輩を名前と呼んだ南沢先輩はクラスメートか何かだろうか。 だとしたら男女が名前で呼び合うような事があるのか。 「こんなトコで何してんだよ」 『えへへ、神童くんが私のピアノ聞いてくれてたの』 親しそうに見える2人は傍から見たら仲のいい友人または恋人にしか見えない。 あの南沢先輩に限って親しい女友達が沢山いるとも思えず答えは2つに1つだと思う。 どうにも切り出せずにいるとその様子を悟られたのか南沢先輩が先手を打ってくれた。 「俺と名前は幼馴染なだけだからな。恋人とかじゃねぇよ」 幼馴染。俺と霧野の仲と同類な関係に少しホッとした自分がどこかにいて。 『そーそ、篤志がこーんなちっちゃな時から知ってるんだから』 「そう言うお前は俺よかちっちゃかっただろーが」 それと同時に自分の知らない苗字先輩を知っている南沢先輩を羨ましいと思っている自分がいた。 「南沢さん」 「どうした神童?」 次の日。部室でユニフォームに着替える南沢先輩の横に荷物を置き、自分もユニフォームを取り出す。 気になったのは昨日の苗字先輩の事。 ―――『なんでもないっ!』 ―――『本当に…なんでもないの』 あれは嘘だと直感が叫んでいる。 苗字先輩が何かを隠そうとしているのは明白で、その事実を南沢先輩は知っているのか。 人のレッドゾーンに土足で踏み入る気はない。 ただ先輩が隠している事を南沢先輩が知ってたとしたら。 (俺が傷つくだけだろうに) 「苗字先輩の右手の事…」 「南沢さんは知ってますか?」 (俺の口は勝手に動いていた) 「…逆に聞く、お前は名前をどこまで知っていて何でそれを知りたがる?」 サッカーをやっている時と同等、もしくはそれ以上に真剣な目つきで貫かれる。 一瞬動けなかった。 そして考えた。 ――俺は苗字先輩の何を知っていて何でそれを知りたがる? ――『拓人くん。お疲れ様』 ――『今日も聞いてくれる?』 巡るのは俺に笑いかける苗字先輩。 真剣に、でも楽しそうにピアノを弾く苗字先輩。 そしてあの時初めて見た悲しそうな顔の苗字先輩。 どうして俺は今こんなに苗字先輩のことを考えているのか、知りたがるのか。 「俺は」 答えはこんなに簡単だったのに 「苗字先輩の事が好きだからです」 つっかえていた胸のモヤモヤが消えていく気がした。 第4楽章 (俺があの人への思いに気付いた日) --- モノローグが「先輩」でセリフが「さん」。 それが拓人→先輩の仕様です。 _ |