暖かい言葉の中にまざまざと感じさせられた。
悪意のない言葉ほど突き刺さるものはない。
だってこちらの胸に傷を付けたことに彼は全く気付いていないのだから。


『監督と…マネージャー…か』


これだけはどれだけ頑張っても確かに超えられない壁だ。

私はまだ中学生。円堂監督は大人。
変えがたい事実こそその証。


「何かあった…?」
『茜ちゃん……』
「また監督のこと?」
『…うん』


なんだか最近ずっと茜ちゃんに心配されているような気がする。
恋する乙女に悩みは多いもの、…だと思う。
まっすぐに思いを伝えることって難しい。
最初から結構無謀な恋じゃないかとは思ってたけれど既に挫けそう。


『私…場違いなんじゃないかなって』


恋の背丈もサッカー部にいる理由も、身の丈に合うようなものじゃない。
あの部にいるのが怖くなってくる。
円堂監督との距離、部内の志に距離ができてしまった気がした。


『私…円堂監督のこと好きでいいのかなぁ』
「…誰かを好きに思う気持ち、大事」
『……うん』
「それに……そう簡単に人は好きになれない」
『茜ちゃん……』


パシャと私を激写する茜ちゃん。
そして一枚の写真を取り出して私に言った。


「いつもの名前ちゃんなら大丈夫」


そういって差し出したのは凹んでいない、いつもの私の写真だった。
朝見てきた自分の凹んだ顔とは似ても似つかない。
少し忘れかけていたいつもの自分、今までの自分。

恋をすると人が変わるっていうのは良くも悪くも、の2つの意味があると思う。
でも私はまだ思いを伝えてもいないし後悔もしていない。
まだ始まっても終わってもいないのだ。
段違いな恋だってことはわかっていた。
それを承知で円堂監督を好きになったのは私。


「私、応援してるから」
『…ありがとう茜ちゃん』


とりあえず何事も始めなければ意味がない。
そうだよね、と茜ちゃんに笑いかける。
どんな時だって私は私。きっと自然に笑える筈。


「今なら多分監督は部室にいる…と思う」
『うん!』
「頑張って」


まだ部活は始まっていない。
今ならまだ時間はある。
私の恋はまだ始まってない、逆に今から始めないときっも私はいつまでも始まりは来ないと思う。

部室へと歩を進めていた途中、胸を高鳴らせながら道を急いだ。
この胸の高鳴りは決して嘘じゃないから。
だからこそ伝えに行く。
例え不釣り合いな恋だとしても、私の思いは私のものだから。




そして私はもう一度絶望することになる。



「夏美!来てたのか」
「あら、ちょっと寄ってみただけよ。貴方が皆に無茶でもさせてるんじゃないかと思って」
「ひっでーな、そんなに俺が信用できないのかよ?」
「貴方は昔から無茶をする人だったもの」
「まぁそれは否定はしない……というかそんなに無茶だったか?」
「無茶も無茶。それに円堂くんは周りの人まで巻き込んじゃう人だものね」



楽しそうに話す円堂監督。
その相手の綺麗な人の円堂監督を見る目は明らかに私が監督を見るのと同じ視線だった。

私は目の前まで来ていた部室のドアから背中を向けた。


もうきっとこの恋は始まらないだろう。





始まりは訪れない

(無理に、決まってるよ)
(だってあんな幸せそうな円堂監督見たことないんだもん)

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