今日は監督が不在で部活はない日だ。
名前はいつも絡まれるあの後輩に合わなくて済む、とつかの間の平穏に肩を撫でおろす。

大人しくネコを被ってさえいてくれればいい後輩なのに。
あの自分に向けてだけのつっかかり様はどうにかならないのかと思い、何故自分に対してだけネコをかぶってくれないのかが謎で仕方ない。
"可愛さ余って憎さ百倍"の意味をある意味しっかりと教えて欲しいところ。


『もうやってらんない』
「突然なんだ」
『キャプテン狩屋をどうにかして』
「狩屋?また何かあったのか」


神童は狩屋の猫かぶりには気付いていない。
"また"という言葉には何度かこのやりとりがあったことが伺える。


「狩屋は真面目な奴だろ。実力も申し分ないし…」

『だーかーらーちがうんだって』


これが猫かぶりの怖いところでもあり狙いでもある。
特定の人物以外の他の人には人当たり良く、そうすることで世間体の顔は品行方正。
その証拠に神童は名前の言う狩屋の悪人像を信じない訳だ。
猫かぶりは狙っていることがわかっているので猫を被られていない人間には腹立たしさ倍増なことであろう。


『あんの猫かぶり野「誰が猫かぶり野郎ですか名前センパイ」
『うっわ狩屋!』

「キャプテンちわっす」
「こんにちは!」
「松風達も移動か?」

『…こンの……!』


移動教室途中の廊下でまさかバッタリ出くわすなんて予想だにしていなかった名前は完全に油断しきっていた。
突如曲がり角から現れた天馬、そして狩屋の姿に一歩たじろいた後に爽やかに交わされた挨拶に小さな殺意すら湧く。


「名前センパイ達も移動ですか?」
『……そうだけど』


チラリと牽制を交えつつ互いに持っている教科書からこれから向かう特別教室を予測する。
その予想から行こうとしている教室は正反対。
最悪のパターン、このまま一緒に教室に向かうということを回避できたことにとりあえずホッと胸を撫で下ろした。
張り付いた笑顔で牽制を重ねている内、天馬と神童が会話に花を咲かせてしまい必然的に狩屋との距離が縮まる。

名前は天馬と神童がこっちを気にかけていないことを確認した上で舌打ちをかました。


「後輩にそんなことしていいんですかセンパイ?」

『…そういうのがウザイって言ってるでしょ』
「さぁなんのことですか?俺は"ただの"後輩ですよ」


ハハンと言ったような笑い方は完全に名前を挑発している様だ。


『いつか友達なくしても知らないから』
「大丈夫ですよ。俺、世渡り上手なんで」

「名前、そろそろチャイム鳴るし行くぞ」
『あー、うん。じゃあね松風くん』
「はい!」


神童が時計を見てすれ違い互いの移動教室に向かおうと歩を進め出した。
このたった数分間で妙な疲労感を患ってしまった名前はやっとか、と思い早々に横を通り過ぎようとした時。


「名前センパイ」
『?なに、狩屋』


まさか呼び止められるとは思っていなかった名前は振り向き、狩屋が他の2人に見えない角度であのいじらしい笑みを浮かべる。



「……それじゃ。また明日、グラウンドで」



そう囁いて、狩屋は踵を返して正反対の方向へ。
なんだったんだと思いながら再び神童の横へ並んで教室を目指す。

そして後に気付くのだ。

名前の筆箱があの瞬間狩屋の手にあったということを。





「あれ?狩屋そんな筆箱持ってたっけ」

「べっつにー」








先輩をからかうのが生き甲斐

(あのクソガキィイィイイィ!)

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