夕方の病室には俺と名前。
名前の表情は長い髪に隠されて見えない。

でもこれだけはわかる。

俺はまた名前を悲しませてしまったのだろう。



『無責任なこと言わないでよ…っ!』



俺の頬を打って空を切った腕は震えていた。
シンとした病室に名前がすすり泣く音が聞こえる。


「…ごめん名前」


ただただ俺は思いを言葉という形にしかできないで。

名前の顔を隠す長い髪を人房すくい上げて隠れていた表情を伺う。
予想通り、名前の瞳からは今にもこぼれ落ちそうな涙。
俺は名前を泣かせてばっかりだ。



「言葉ほど無責任なことなんてないよな」
『…』

「勝手な俺の我侭だった。でも」
『でも…?』


すくった髪にスッと口付ける。



「俺は名前に生きていて欲しい。俺の隣に…いて欲しい」



片頬殴られておいてカッコつける気もなにもない。

神童にだって言われた。
ただ俺の思いを伝えるだけ。

―"俺は名前が好き"

その思いに準じて言葉を紡ぐ。
スルリと手から名前の髪が重力に従って落ちていった。
あの事故の日からこの綺麗な髪は切られていないということを俺は知っている。

毎日のようにこの場所に来て。
毎日のように名前への気持ちを再確認して。
毎日のように罪悪感をこの胸に背負って帰ったのだから。



『蘭ちゃんは……』



しばらくの間。

そして名前は顔を上げてぽつりと声を上げた。



『あの日からちゃんと私を見てくれなくなった』
「…!」

『私は…ずっとずっと、蘭ちゃんを見てたよ』



交わった視線からついに涙が伝う。

名前の言う通り。
罪と言うフィルターを通してでしか俺は名前を直視できなくなっていた。
バレバレだ、と名前は笑う。


『叩いたりしてごめんね。でも………』


伸びてきた名前の手が俺の頬を撫で、小さな痛みが走る。



『蘭ちゃん…やっとこっちを見てくれた』



その涙は嬉し涙なのか。
名前は笑いながら綺麗な涙を流した。


『私、手術受けるよ』


耐えられなくなって頬に添えられた手を掴み、俺の元へと引っ張る。
バランスを崩した名前が俺の胸元へなだれ込んでくればそれを閉じ込めるように抱きしめた。

俺の腕に収まる随分と細くなった身体。

この身体に俺はどれほどのものを背負わせてしまっていたのか。
考えるのも恐ろしくなる。
―だから、今度はその痛みは分け合おうと決めた。
ずっと隣にいて、お前を守るから。



『ねぇ蘭ちゃん。四つ葉のクローバーの花言葉…調べたりしてない?』
「…調べるなっていったのは名前だろ」

『よかった。じゃあ約束通り私が教えてあげる』



名前が俺の胸からゆっくり離れていった。



『四つ葉のクローバーの花言葉はね』



そして









『"私のものになってください"』








俺達の唇は重なった。







交錯した思いの果てに

(繋がった思いは)
(固く、強く)

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