―『もう……病院に、来ないで…っ…!』




あれから後、俺はどうやって家に帰ったかも覚えていない。
むしろ、名前は無事に病院に帰ることは出来たのだろうか。

心はこんなにも空っぽだと言うのに身に染みついた習慣とは恐ろしいもので、気が付けば俺は学校にいた。
あぁもう1日経ってるのか。
(俺、昨日寝たっけ)

疎まれる覚悟はあった。
でも拒絶される覚悟がなかった。
結局名前を傷つけていたことに変わりはないんだ。
そして俺はあの日から変わっていない。
名前を支えて、その事に勝手に安心感を覚えて自分を保身する。ただの臆病者。

撒いた種を自分ではどうにもすることも出来なくて、逃げる事しかできなくて。
どうしようもない自己嫌悪に襲われる。
かと言って俺は名前に関わらないでいる程白状にもなれなかった。

名前の事を本当に考えていたのなら白状になる方が正しかったのかもしれない。

それでも名前を支えようとした名前を好きになってしまったと言う紛れもない俺自身の欲。






―『いつか私が教えてあげるから、それまで待ってて』





…聞かないままになっちまったな。


もう会いに行けないなら調べに行ってやろうか。
それとも最後まで約束を守るか…。



「霧野!!」

「っお!?」
「なんだよ…ボーッとしてるけどどうかしたのか?」



いつの間にか休み時間だったらしい。
動かない俺を心配してくれたのかやってきた神童にも気付かなくて驚いた俺にため息をつかれてしまった。

昔から神童も隣にいたのに、いつのまにか開いてしまった距離を感じる。




「…なぁ拓人」
「な…っ!お前その呼び方はやめろって言ったろ!」



男子では名前呼びなんて、と互いに呼ばなくなった名前。
声に出してみたら妙に懐かしくなったけどどうやら神童は恥ずかしいらしい。
辺りをキョロキョロとする神童は相変わらず変わらない。


「……名前にさ」
「!」

「もう病院に来るなって言われたんだ」


慌てた様子が一変した神童と向き合う。
俺と名前の関係性を知っているもう1人の人間。

今思えば俺は神童まで巻き込んでしまっていたんだと思う。



「俺、馬鹿だよな」



気持ちだけ突っ走って名前を傷つけてしまった。

神童との間に沈黙が流れる。
早くチャイムが鳴って欲しいと思ったのは後にも先にもこれが初めてだろう。
(皮肉にも今は昼休みだしそれは不可能なのだけど)




「変わらないな」
「何がだよ」

「お前と名前がケンカして俺が中に挟まれるトコとか」

「…返す言葉もないな」



重くなった頭に神童のため息が降ってくる。



「サッカー部の事も大変なのに変な事相談して悪い」

「いや、大事な事だろ」


なんだかんだ言って神童は聞き手上手だと思う。
すんなりと昨日の事を聞き出されてしまった。



「"もういい"……か」

「……」
「沈むなよ霧野。アイツが意味もなくそういう事を言う奴じゃないってことはわかってるだろ」
「そりゃそうだけど…」

「それにお前、名前が好きなんだろ?」


俺も心の中にある確信を突かれて驚いたもののやはり長年隣にいた幼馴染だ。
バレていても良いと言うか…バレて当然とすら思う。
逆に落ち着いた頭でコクリと頷いた。

すると神童はフッと笑って席を立つ。


「なら、答えは1つなんじゃないか?」
「…でも」

「1回だけでもちゃんと名前に言ってみろよ。霧野も名前も素直じゃないんだからな」


そう言って神童は教室から出ていった。
あぁ、次移動だったけな。
こうしてまた1人にしてくれると言う事は考えろと言いたいんだろう。
(やっぱり神童はよくわかってる)

ゴチャゴチャしていた思考は大分スッキリしていた。



そして決めた。



―ケリを付けに行こう
―名前に告白しよう




キーンコーン


鳴り響いた昼休みの終了を告げるチャイムに遅刻決定だなと思いながらも落ち着いた気持ちで誰もいない廊下を急ぐこともなく歩く。
ドアを開けた時、先生よりも先に目があった神童と密かに2人で笑い合った。






幼馴染

(距離はあろうともやっぱり変わらない)
(通じ合うそんな俺のもう1人の幼馴染)


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