『わっ!変わってないなぁ!』
「そりゃそう簡単に変わらないって」

『そうなんだけどやっぱり久しぶりだと嬉しくって!』



河川敷を覚束ない足取りで歩き回る名前。

俺達が何故河川敷にいるのか、それを知るには先週に遡る事になる。











『蘭ちゃん!今週の日曜日に外出の許可が出たの!』



至極嬉しそうに俺に伝えてくれたのは水曜日。
日曜なら部活の予定もない。

きっと俺に言ったと言うことは暗に日曜日一緒に何処かに行こう、と言うことだろう。



『蘭ちゃん日曜日暇?』

「あぁ。どっか行くか?」
『うん!』



やっぱり、と言わんばかりのフレーズに思わず笑いそうになった。
名前に外出許可が下りるのはいつ以来だろう。

前に外出したのは随分昔だった気がする。
(そういえば前の外出の時も一緒に過ごしたな)



『あのね、私あの河川敷に行きたいの』

「河川敷?別に構わないけど…なんでまた…?」
『いいからいいから!じゃあ日曜日は絶対約束だからね!』



無理矢理腕を引っ張られ指切りげんまん、と口約束を交わす。
そんな約束交わさなくとも俺は名前に繋がれたままなのに、と頭の片隅に思いつつも俺は不謹慎にも頬を綻ばせた。






そして今日、名前を連れ出して河川敷にやって来た俺は名前が転んだりしないようずっと目で名前を追っている。



『あ、クローバーだ!蘭ちゃん蘭ちゃん、四つ葉のクローバー探そ!』

「探そって…そう簡単に見つからないだろ」

『いーから!ほら!』



なんやかんやで俺は名前に逆らえない。
罪か惚れた弱みか、混ざり合った複雑な思いで河川敷に座り込んでクローバーを探す。

クローバーの隣に咲き誇るシロツメ草。
よく昔はこれで神童と花の冠やらを作って名前にプレゼントしていたものだ。

懐かしさを胸に探す四つ葉のクローバーはやはり簡単には見つからなくて。
いつの間にか俺も名前も夢中になって四つ葉を探していた。

変な意地というか何と言うか、服が多少汚れようとも見つけてやりたかった。



『蘭ちゃんあった?』
「いや。その様子だとそっちもなかったんだな」
『うん…残念』



名前は日の傾いた空を仰いだ。
その表情はどこか愁いを帯びていて、思わず目が離せなくなった。
目を伏せるその様子はやはり帰ることを残念に思っているのだろうか。

もう夕方。
またあの病院に帰る時間。



『…蘭ちゃん』

「なんだ?」



空を仰いだ名前の顔が下を向く。




『…今日蘭ちゃんを誘ったのはね、言いたい事があったからなの』

「…なんだよ突然…改まって……」






『ずっと前から思ってた!でも…私は…私は臆病だから言えなかった……』






ドクリと心臓に一気に血が流れた様な、そんな感覚。















『もう私に付き合ってくれなくていいよ』














目眩を起こしそうになった。
今、名前は何て言った?

四つ葉のクローバーを探す為に座り込んでいた名前が真っ直ぐに俺を見つめて立ち上がる。

いまだ座り込んだままの俺は見下ろされたまま。
言葉の意味が理解できず目を見開いて名前を見つめることしかできなかった。



『今までごめんね。蘭ちゃんは…私に囚われないで自由になって欲しい』

「ち、ちょっと待てよ名前……俺、」
『私知ってたの。蘭ちゃんがずっと自分を責めながら私の所に来てくれてた事。』

「ッ、それは…!」






『もういいの!!!』





張り上げられた声が静かな河川敷に響き、再び辺りは沈黙に包まれる。
俯いたままな名前の表示は長い髪の毛に隠れて見えなかった。

ただ、震えた声が俺に語るのだ。



『蘭ちゃんの優しさが……私には辛いの…!』


『だから……お願いだから…』









『もう……病院に、来ないで…っ…!』









あぁ、これは罰だ。
背を向けて、今にも倒れそうな名前は歩いていく。
俺の手の届かない所へ行ってしまう。

その体を支えると決めたのに。
憎まれてでも支えてやると決めていたのに。

神はそれすらも俺には許してくれなかった。

力をなくした頭が下を向き視界に入った足元に揺れるシロツメ草を一輪、踏み潰していた事に気付く。

そして俺は思わず自分に嘲笑を漏らした。




そうだ

許される筈、なかったんだ。




名前がいつか教える、と言ったクローバーの花言葉。
そのクローバーの隣に咲き誇るシロツメ草の花言葉は"約束"。

そしてもう一つ。















"復讐"なのだから。











胸に突き刺さる刃

(信じてもいない神から与えられたのは)
(最も残酷で、最も辛い罰だった)

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