名前の髪はロクに外に出れないせいで伸びっぱなしだ。
腰辺りまで伸びた髪はベッドに散らばり、時にそれを下敷きにして痛いと言うこともあるらしい。
括ればいいとも思うのだが、括ったら括ったで寝た時頭がゴリゴリして寝返りがうてないと言う悩みがある。
それは俺でも分かる悩みだった。
確かにあれは痛い。



『蘭ちゃん、今だけ私の髪括って!』

「…突然だな。まぁいいけど…痛いんじゃなかったのか?」
『だから今だけ!どうせ外さなきゃだし』



休日の今日は午後から検査があるらしく、名前は頬を膨らませている。
話していれば普通なのに、そんな些細なことに距離を感じてしまう。



「ちょっと後ろ向いとけ」

『はーい』



背を向けさせて初めて気付いたが、そう言えば今は持ち合わせのヘアゴムがない。
しょうがないか、と自分の髪を解いて一度名前の髪を剥く。

自分と質の違う髪を弄るのは久々だ。
病院備え付けのシャンプーを使っている筈の名前の髪からフワリと香る甘い香り。

一瞬くらりとしたが思い止まり、棚に備え付けてある櫛で髪を整えていく。



「随分伸びたな」

『まぁね。最近は外にも行けてなかったから。あ、髪痛んでない?』

「全然」



髪の束を二つに分け、片方を名前の肩の前に掛ける。
慣れた手つきでもう片方の束を縛って逆の束も対象になるように結んだ。

ツインテール。俺と同じ結びにしたのは、諦めた筈の独占欲がどこかしらから滲んでいるからかもしれない。



「できたぞ」

『嘘、早っ!私自分でももっと時間かかるのに』



確かめるように括られた髪を触り、括られているのを確認するの背中を向けていた名前が振り返った。
長いツインテールが舞って、また毛先がベッドに散らばる。



『…蘭ちゃんが髪下ろしてる』


まぁゴムは名前が付けてるしな。


『相変わらず綺麗な髪してるねー……』
「名前も十分綺麗だろ」


薄汚い感情に飲み込まれた俺なんかよりずっと。

流石にそれは言わなかったが、突然名前が急に俺に背を向ける。
もう一度長い髪が舞った。





『………蘭ちゃんは狡いよ』






「名前…?」

『…なんちゃって!蘭ちゃんってば私なんかにお世辞使ったって何にもならないよーこの色男!』



笑い飛ばす名前に一瞬見えた陰りは消えていた。

背中を叩いて、いつもの様に笑いかける。
今の陰りは嘘かと言われればそうとも言えそうな、本当に一瞬の陰り。



『そういうのはもっと可愛くて綺麗な子に言ってあげなよ』


「俺が」









可愛いとも綺麗とも思うのは名前だけだ。




『蘭ちゃん?』




グッと踏み止まる。

駄目だ。
俺が名前に気持ちを伝えることが許される筈がない。




「…なんでもない」

『?変な蘭ちゃん』




俺は決めたんだから。



『そういえば、いつもと髪型逆だね』
「そりゃ俺のゴムで名前が髪括ってたらそうなるだろ」



当たり前の事を言う名前に思わすぐに言葉を返す。
両手でそれぞれのツインテールを梳く名前。




『えへへ、いつもの蘭ちゃんとお揃い』




長すぎる髪全体に手櫛は通らなかったが、その長い髪から香る香りにもう一度くらりとした。







くらり、揺れるは決意

(裁かれるは俺)

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