にゃあ
学ランのズボン越しに感じる暖かい感触は、言わずもがな猫。
こんな毛むくじゃらな生き物が暑苦しいズボンに擦り寄って来る理由はいつになってもわからないもんだと思う。
「アイツ……まだ来てないのか」
珍しい。
いつも俺がここにきたら既に猫と戯れてて『べ、別に好きで遊んでた訳じゃないんだから』とか得意のお言葉をかますのに。
まぁ待ってりゃ来るだろうと思ってしばらく寝転がってたけど、来る気配は全くない。
本格的にどうしたのか考えてるとまた不意にズボンに感じる違和感。
猫が今度は何かを急かす様な感じでズボンをグイグイと引っ張っている。
どうしたものか、面倒だとも思ったが待ってるだけってのも暇だし立ち上がってみた。
にゃ
「…"ついて来い"ってか?」
漫画みたいな話、そう言ってる様な気がした。
少し走っては俺の方を振り返り、また走る。
俺は走る訳じゃないけど、まぁ早歩きぐらいで追い掛ける。
どんどん歩いていく内に体育館倉庫の方まで出て来た。
昼休みのこんな時間、一体何があるって言うんだこの猫は。
「アンタ最近南沢くんに付き纏ってるらしいわね」
不意に聞こえて来た女の声に、俺は直感的にため息をつきたくなった。
しかも話に挙がってるのは自分の名前。
面倒なことこの上ねぇ。
俺はそれなりにモテるとは思ってるしサッカー部関連のファンの裏でそういうのが起こってるってのも聞いたことぐらいはある。
かといって今責められてるであろう女を助ける義理もない。
『私が付き纏ってるというか…南沢が付き纏ってくるだけなんだけど』
「嘘よ!大体なんでアンタなんかが…!」
『…はぁ』
踵を返そうとした足を止めた。
今この曲がり角を曲がった先に広がっているであろう修羅場にいる人物の声が、明らかに聞いたことのある声だったから。
「納得いかないわ!」
「そうよ!どうしてアンタなんかに!」
『本人に聞けば?』
「うるさいわよっ!!」
流石は南條。
相手に複数で囲まれてても女ならなんの躊躇もないらしい。
(俺がやったら顔真っ赤にして逃げるだろーに)
少し笑いさえ込み上げてきた所だったが次の瞬間、パシッと乾いた音が耳を刺した。
いや、パシなんて可愛い音じゃ無かったかもしれない。
次々に耳に入る罵倒に、何かを引っ叩いたような嫌な音。
いい加減にしろよと思ったがその罵倒の合間から聞こえてきたのは金属音。
「アンタなんかっ!!」
まさかと思った時には遅かった。
曲がり角を曲がった先に見えたのは、どこから拝借してきたのか金属製バットを振りかざしたどこの誰かも分からない女子に
『―南條!!』
頭から血を流して倒れる南條の姿だった。
大馬鹿野郎
(久しぶりだな)
(他人と、それと自分をこんなにも殴り倒したいと思ったのは)
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