「失礼します」


使い慣れない敬語。
歯がゆいというか苛立たしいというか、あんな奴相手に敬語を使うということに違和感しか覚えない。

ただ年が2つ上なだけ。
この地に生を宿したのが2年早かっただけ。

それだけであの態度というか、この世を全て知り尽くしたような態度をとる。
それが気に食わなくて俺はあいつに従うことをどこか拒んでいた。
静かに開くドア。
いつもなら咲夜さんが椅子に座っていて何が書いてあるのかもわからない書類片手に俺をあしらう筈だ。
だが今日足を組んで椅子に座っている咲夜さんも机に山積みになっている書類もなかった。


「……いねぇのか」


途端に口から漏れるのはいつもの口調。
長いことなんか堅苦しくてやってらんねぇ。

辺りを見回してみてもやはり咲夜さんの姿は見当たらない。

咲夜さんのいつも座っている机に歩を進めても書置きなどもなく完全にどこかに行っているようだ。
(前回は書置きで相当面倒なこと押し付けられたからあっても無視しただろうがな)
書類の代わり、とでも言おうかこの前少し話題になった汚れたサッカーボールが大人しく鎮座している。


「………?」


そしてサッカーボールの隣に伏せられた写真立てがあることに気付く。
今まで机の上なんて改めて気にしたことなんかなかったから存在に気づかなかったがこんなモンがあったのか。
なぜ伏せてあるのか、なんてことは今の俺の頭からは抜け落ちていた。
いや、考える必要なんてないと思ったから考えなかった。

伏せてある写真立てに触れる。
埃なんかが手につかないのを見るずっと放置してあるという訳ではないようだ。


「…咲夜……さん?」

『覗き見とはいい度胸だ剣城少年』
「…ッ!?」
『君にそんな趣味があったとはね。いやはや気付かなくてすまなかった』


気付かなかったのはいつの間にか背後に立っていたアンタの存在だろ。
口に出すことはなかったが言わなくてもこの人にはそんな事お見通しだろう。


「…その写真は?」
『今君が口に出しただろう。それは私だ』

「隣にいるのは?」
『私だって人間なんだから両親ぐらいいるさ』


開き直って写真のことを聞いてみれば意外とあっさり教えてくれた。
なら、さっき一瞬しか見れなかったあの写真は。

―サッカーボールを持って笑う咲夜さんに、その傍らで佇む一組みの男女。

なぜだろう。
その男…咲夜さんの父親であろう男にはどこか見覚えがある。
どこだ?記憶を探ってみてもそう簡単に頭には浮かんでくれない。
せめてもう一度写真を見れば、と思ったが既に写真立ては咲夜さんの手にあった。



『……こんなもの』



トンッ、と軽い音がして写真の横に並んでいたボールが咲夜さんの足に乗る。
片手で高く掲げた写真立てから手を離し、重力に従って写真立てが落下した。

反射的に体が動こうとした時にはもう遅く。



ガシャンッ



虚しい音を立てて写真立てはボールに破壊されていた。












『縋り付くものは人を弱くする』










部屋の中にはボールの転がる音と咲夜さんが写真立てのガラスを踏み散らす音だけが響いていた。






ガラス越しの虚無
(見るも無残になった写真立てを)
(咲夜さんは悲しげな瞳で見つめていた)

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