張り付けられた笑顔に違和感を覚えたのはこの人に初めて会った瞬間からだった。
『君が"剣城京介"くんか?』
初めてここに来た時、突然声をかけられ振り返った先にあったのは人当たりのいい社交的な笑み。
明らかなそれに吐き気すら覚えて俺は初対面で舌打ちをかましたのを覚えている。
「誰だテメェ」
『誰だテメェ、とは失礼だな。私が君に質問をしているんだ、質問で返さないで貰おうか。それに私は一応君の上司に当たる人間なのだよ。反論は認めない』
こんな女がフィフスセクター?
冗談も甚だしい。
大体こんな所にこんなへらへらした空気の奴がいてたまるか。
「笑い話はよそでしな」
『ほう…私の話を笑い話にすると?』
女は相変わらず笑っている。
薄気味悪ぃ。
『剣城京介。現在小学六年生。兄の名は剣城優一。サッカーをしている最中木に引っ掛かったボールを取ろうと木に登り、誤って落下した君を受け止めた際に足を怪我した兄の為フィフスセクターに入団。兄にもう一度サッカーをやらせたいが為に莫大な手術費用をこちらが持つ代わりに君を雇った』
「なっ…!」
『"なんでそんなことを?"無粋な質問だな。先程も述べただろう。君の上司に当たると』
「!」
少し釣り上がる女の瞳。
吐き気を覚えた瞳から次に感じたのは強い意思。
だがそこからは何も読み取れない。
これ以上踏み込むな、と訴えてきている気がして。
『まだ聞きたいことは?』
「…ねぇよ」
『うむ。ならば次は敬語だな。上司にはちゃんと敬語を使い給え剣城少年』
「テメェもガキだろーが」
『失敬な。私は君より2つ年上だ。言葉には気をつけろ』
たかが2年、されど2年。
こうも考えやら言い草やらが捻くれるものか。
いや…月日の問題ではなく環境のせいなのかもしれない。
でなければここまでこんなに違和感を感じることはない筈だ。
『わかったら行くぞ』
「どこに………ですか」
『聖帝の所さ』
こんな女に敬語なんか付けるのも面倒だったが俺はここにいなければならないから。
しょうがなく敬意のない奴に敬語を使う。
まぁ敬意が篭っていないことなんかこの人にはバレているだろうが。
『聖帝。咲夜です。剣城京介を連れて来ました』
「入れ」
ウィン
扉が開き目の前に広がる薄暗い部屋。
高い位置で大きな椅子に座っている人物"聖帝"。
フィフスセクターにおいて絶対的な存在。
ただそこにいるだけなのに圧倒される。
それなのにどうして隣に立っているこの人は笑っていられるのか不思議で仕方がなかった。
「ご苦労咲夜」
『いえ』
「下がっていいぞ」
『…失礼します』
俺の横を過ぎ去る際、やはりこの場にそぐわない音色で囁かれる。
『あぁ、言い忘れていたな。私の名前は篠原咲夜。よろしく頼むよ剣城少年』
篠原咲夜。
そう名乗った時、何故か先程とは違う厳しい目つきをしている。
そしてどこかその視線は俺ではなく"聖帝"を見つめていた……そんな気がした。
上を見据える女
(俺には届かない所にこの人はいる気がした)
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