僕には血の繋がった姉がいる。
僕に似ず元気な体を持ち、僕に似て毎日の様に外を走り回っている姉が。
いや、僕は走り回ろうとする未遂だから似てはいないのかもしれない。
「太陽くん!また病室抜け出して!」
「あはは、ゴメンよ冬花さん」
「もう……」
誠意のない謝罪は数えきれない程してきた。
既にこのゴメンに謝る気がないのは冬花さんもわかってるだろう。
憧れる外の世界。思いを馳せて飛び出すのは毎日の様な事だから。
カルテの挟まったボード片手に冬花さんはため息をつく。
毎度悪いなぁとは思っていたり思っていなかったりするわけだけど僕にだってこればっかりは譲れないものがある。
「今日は皆のお姉さんちゃんも来るんでしょ?」
「…あ、いっけね…!忘れてた…。冬花さん…この事は内密に…『しなくていいですよ』
時既に遅し、冬花さん越しに見えるドアに仁王立ちで立っている見知った顔。
頬の筋肉が引き攣っていくのが自分でもわかる。
「ゲッ…!」
『姉の顔見てその顔とはいい度胸ね太陽』
「皆のお姉さんちゃん、今日は早いのね」
『はい。明日からテスト前で部活ないんで、今日は早めの切り上げだったんです』
看護師の冬花さんと親しげに話しているのが俺の姉。雨宮皆のお姉さんであり、新雲学園の女子サッカー部キャプテンである。
僕がまた病室を抜け出していた話はガッツリ聞かれてしまった。
だがこのまま冬花さんとの雑談で少しでもその話題を姉さんの記憶の底の方に追いやれないかと考えたけど、そんなことありえないに等しい。
(姉さんは学年の五本指に入るぐらい頭がいい。記憶力)
『で、太陽?』
「……はい」
ほらきた。
『また逃げ出したってぇ…?』
「ほら見なさい太陽くん。お姉さんからがお怒りよ」
「だってさ〜病室って暇じゃん?」
『だってじゃない!暇なら学校からの課題やりなさい。溜まってるでしょ』
「うわ…なんで知ってんの?」
『学校側から連絡来るの!!』
学校側も面倒なことをしてくれるもんだ!
しまったなぁ…まさかそんな形で知られてるなんてね…。
学校なら家に電話しなくても姉さんに先生を介して直接言えばいいだけだし。そりゃそうなるか………。
(ちょっとくらい手を付けておくべきだった)
『…まさか……何も手を付けてないなんて言わないわよね…?』
「………あはは〜」
「…自業自得よ太陽くん。お姉さんの言うことは聞くことね」
「ちょ、冬花さ〜ん!」
『はい太陽!今からやるわよ!!』
「頑張って太陽くん。じゃあ、あとお願いするわね皆のお姉さんちゃん」
『任せてください!』
僕のベットの横にある小さな棚の引き出しを無遠慮に開けて、サッカー雑誌の下に隠しておいた課題は難なく発見された。
なんでそんなカンまでいいんだ姉さん。
冬花さんは微笑ましい光景を見守るような笑顔で病室を去っていってしまう。
傍から見たらもしかしたら微笑ましい光景に部類されるかもしれないこの光景は当の本人から言えば微笑ましくともなんともない。
むしろ助けを求めたいレベルだと思う。
『これテスト期間まででしょ!?なんでやらなかったの!』
「…やり方わからなくて…」
広げられたプリントの多さ。
自分に追いつかない知識を使わないと解けない問題だってある。
教科書を読むだけだと限界はあるし病院の中では誰かに教えてもらうというわけにもいかない。
沈黙になった僕を見てなんとなく様子を察したのか姉さんが少し目を伏せた。
これは多分僕しか知らない姉さんの癖。
僕に対して自分だけ自由でいることに罪悪感を感じているとき、姉さんは少し目を伏せるんだ。
不意に見せるその表情に僕は胸が締め付けられる。
あぁ姉さんにそんな事思わせるためにいるんじゃないのにな。
『私が教えてあげるから……ほら、やるわよ』
でも姉さんは決して僕に誤ったりはしない。
正直、僕も誤って欲しくないから姉さんは僕のことまで考えてこうして対等に接してくれているという事を僕は知っている。
「ありがと、姉さん」
だからずっと僕は手の掛かる弟のままなんだよ。
僕からしたら、姉さんは自慢の姉さんだけど。
まっすぐに伸ばした背筋
(まっすぐな姉さんは日だまりみたいで)
(やっぱり僕の姉さんなんだねって、思うんだ)
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