課題用にと音也に作った楽譜。
数十分前、それをいざ音也に渡そうと意気込んだ春歌が盛大に椅子に足を引っ掛けて転け、これまた盛大に楽譜をぶちまけてしまった。

運悪く窓から外へとそんでいってしまったそれはそんな日に限って外は風が強く、あっという間に風に流され視界から消えてしまう。
楽譜を掴もうと思った手は虚しく空を切り残ったのは悲しい静寂。
勿論飛んでいったとはいえせっかく作った楽譜を放っておくわけにもいかず、慌てて音也と外に出て手分けして探すことに。


「どこに行ってしまったんでしょう…」


ガサガサと草むらをかき分けたり背の高い気を見上げてみたり。
春歌は視線を右左や上下へと動かしたが楽譜と思われるものは見つからない。
わかりやすいよう可愛らしい音符のクリップでとめられた春歌の楽譜。
そのクリップにはおんぷ君と言う音也のつくったキャラクターの顔が描かれていたりする。
目印としては申し分のない楽譜なのだが見つかったら連絡すると言った音也からも連絡がないところをみると音也の方も楽譜を発見していないのだろう。

一応作曲したもののイメージは頭には残っている。
だが全く同じものを、と言われると少し難しいものがある。
見つからなかったらどうしようと言うどうしようもない不安が春歌の中に募ったとき、その位気持ちをかき消すような明るいギターの音が春歌の耳に小さく小さく届いた。

本当に小さな音ではあったが確かに聞こえた日だまりのような暖かい音。

それは何度も聞いてきて、励まされてきた音也のギターの音に類似していた。



そしてその曲は今まさに春歌の探している音也へ綴った曲。



今音也は共に楽譜を探しているはずでは。
そう思ったが音に惹かれるのは必然か。
春歌の足はフラっと音の聞こえる方へと向いていた。



「…一十木くん?」



校舎の角を曲がり、広大な敷地のベランダに置かれている白いベンチに見える赤い後ろ姿。
だが、それは音也に見えて音也ではなかった。


『ん?』
「え……!?」


音也かと思ってかけた声に振り返った人物。
その人物は確かに音也ではないのだが、あまりにも音也に似過ぎている。
真っ赤に燃える赤い髪、同じくらい情熱的に燃える赤い瞳は全くと言っていいほど同じだ。

相違点を挙げるとすればその性別が女、ということと髪型がその性別にあったツインテールになっているということだろうか。
容姿は勿論なのだが春歌が一番驚いたのは音也そっくりの彼女が奏でる音。
抱えられたギターは彼女のものなのだろうか膝にはギター、そして…


「あ!わ、私の楽譜……!」
『楽譜?あぁこれならさっき拾ったんだよ!お姉さんの?』

「はっ、はい!そうなんです。先程風で飛んで行ってしまって…」

『へぇ…じゃあお姉さんがお兄ちゃんのパートナーなんだ!』



「…………え?」



目の前で無邪気に笑う幼さを残す少女の言葉を理解するのにたっぷり数十秒。


「七海!楽譜見つかっ……って名前!?」
『あ!お兄ちゃんだ!』

「一十木くん!?あ、でもお兄さんって……この子も一十木くんで……え?…う……!?」


ギターをベンチに置き、音也に抱きつきに行く少女。
音也も若干混乱をしているが瓜二つな2人が抱き合っている姿は春歌には更なる混乱しか招かない。

そんな春歌の様子を察知したのか音也が慌てて声を張り上げる。


「あーごめんごめん七海!コイツ、俺の妹の名前!」
『一十木名前です!お兄ちゃんがお世話になってまーす!』


妹、音也の口からその言葉を聞いてやっと改めて事を理解する。
だがいまだに収まらない混乱に春歌は声がでないまま。
今度は名前の方がそれを察知したらしくニコッと本当に音也そっくりの笑顔を見せもう一度ギターの置いてあるベンチに座った。




『一十木名前、歌いまーす!』




高らかにギターを弾き出す名前に、音也が笑って音を合わせる。
息の合ったような合ってないような、春歌は音也と名前の奏でる音にゆっくり目を閉じ心地よい音へと耳を澄ませた。






奏でる音は兄と妹

(このクリップお兄ちゃんが描いたでしょ)
(あ、バレた?)
(一十木のおんぷ君ですよね)
(これ作ったの私なのにお兄ちゃんが取ったんだよー!全く)
(えぇ!?)
(ちょ、名前…!)

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