今日一日、何があったと聞かれて何もなかったと答えられる日は殆ど無い。
周りの人間がまともじゃないせいか俺が悪いのか。
どちらかと言えば俺の場合前者だろう。前者だと信じたい。

何も無いことの方が非日常とはよく言ったものだ。

確かに今となっては何もない方に違和感を感じ初めている。
那月に抱き着かれ那月に料理を食わされかけ那月に追いかけ回され…。
(あれ、那月しかいない気がするのは気のせいか)

…いや、やはりそれだけではない。

今日の朝は久々に穏やかだった。
那月は課題曲を音也達と練習すると早くからいなくなったから無理に起こされることもなく、恐ろしい朝食を食べさせられそうにもならなかった。



平和ないい日だ、と思ったのはつかの間。



「名前ちゃん相変わらず可愛い可愛い可愛いっ!!!」
『離せ!離せっ!はーなーせー!』

「あ、翔!やーっと来た!」
「可愛い子猫ちゃんがお待ちだよ」



俺の数10分、平和な時間を返してくれ…切実に思う。



「名前…お前なんでここに…」

『それより先になっちゃんどうにかして…っちょ、痛い!痛いー!』




本気で痛みを訴え出した俺の妹…名前をその場にいた全員で那月から引き剥がしにかかればゼーハーと息を乱す名前。
いつからあの状態だったのか…考えただけでもおぞましいのを俺は知っている。
可愛い顔してあの長身。那月にあの力で本気で抱きしめられれば骨も軋むってもんだ。


『…死ぬかと思った…』

「お疲れ〜」
「…そんな所まで翔に似ているのですね」
「翔ちゃんも名前ちゃんも可愛いのが悪いんですよ」

「『どういうこと』」


ここはSクラスの教室だけど教室にはAクラスの見知った奴らもいた。
音也に真斗に那月…なんで名前が来た日に限ってこんな揃ってんだっての。


「それはそうとして…なぜ来栖の妹がこんな所に?」


真斗が乱れた髪を直している名前に問いかける。
確かに俺もさっきそれを聞いたけど那月の抱擁に遮られ返答はなかった。
薫じゃなくて名前がここに来ることは今回が初めてだ。


『……翔ちゃんちょっと!』「へ?っと、どこ行くんだよ!」

『いいから!』


周りを見回したあと俺の腕を引っ張って教室を出ていく。
まだ授業が始まるまで時間はあるからいいけどどうしたっていうんだろう。


『薬、もうそろそろきれるんじゃないかって……薫ちゃんが』
「…あ」

『やっぱり。今薫ちゃん研修中でこっちこれないから私が頼まれたの。はいこれ』


ひと目の付きにくい廊下で小さな紙袋を渡された。
なかには見慣れてしまった薬の箱が多数。
多分俺があいつらに持病のことを話していないと思ったからここまで連れてきたんだろう。

薫ほどではないが名前も対外俺には心配症が発動する。


「ってことは…お前も薬きれてんじゃねーの?」
『…だから薫ちゃんも気付いたんだよ。大丈夫。最近は全然元気だし』


そう。

俺と同じ持病を名前は抱えている。
そのため同じ薬を服用している訳だが…それで気付く薫も薫だな。
持病持ちの俺と名前に挟まれて胃に穴でも空きはしないか…若干心配になる。

ただ救いなのは俺よりかは症状は軽いらしく今では綾が倒れた、と聞くことはないということ。


「ならよし!教室戻んぞ!」
『っわぁ!翔ちゃん!ハット取れる!』

「行くぞ!」


帰りは俺が名前の手を引いて教室に戻る。
俺より一回り小さい手は(絶対口には出して言わねぇけど)俺の大事な大事な妹。

だからこそ俺の大事な友人達を紹介してやろう、と意気込んで俺は教室のドアを開けた。







以心伝心


(身長までオチビちゃんそっくりだねぇ)
(私はチビじゃない!人よりコンパクトなだけだっ!)

(来栖くんの妹さん…可愛いです…!)
(あの様子じゃ性格もそっくりよ、絶対)

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