せっかくレコーディングルームを取ったんだからここにいる時でしかできないことをやってみたら?と言う林檎の言葉のものに教師2人に見守られトキヤと琴音、そして音也はパッと顔を見合わせる。

「…何かしておきたいことはありますか?」

意外にも最初の言葉を発したのはトキヤだった。
自分に言われたんだ、と琴音がわたわたとしているのが見て取れる。
落ち着きのない琴音に音也は笑ってしまい、琴音は顔を赤らめた。


「言いたいことを言えばいいんですよ」
「そうそう!大丈夫、トキヤずっとこんな顔してるけど怒ってはいないからさ!」

「…どういう意味です」


ふっと軽くなる雰囲気。
この空気を作り出すことができるのは音也の一種の才能であろう。


『あの…一ノ瀬さんの音域が知りたいので…この前のレコーディングテストの課題曲を、その、歌っていただきたい…です』


まだほんのりと赤い顔でいっぱいいっぱいになりながらも琴音なりに言葉を押し出す。
その様子から必死さが伝わってきて、思わずトキヤも口端がゆるく弧を描いた。
音也はニコリと笑い林檎や日向も微笑ましいと言わんばかりに笑ってみせた。

「わかりました。今音源の準備はできますか?」
『は、はいっ!』

「あ、俺も手伝うよ」
『あ……ありがとう一十木くん』
「と言ってもあんま機材には詳しくないんだけど」

おどけて笑ってみせる音也を背にトキヤがブースへと足を踏み入れ、己で軽い発声を行う。
その間にテキパキと準備をこなし、それと同時に丁度時也が発声を終わらせた。
音也の手伝いもあってか早く終わったようだ。

どうやら琴音は機材の扱いにも長けているらしい。。


「大丈夫ですか?」
『はい、いつでもどうぞ』


スっと心を落ち着け、ヘッドホンから流れる音を待った。
歌詞や譜面は頭に刻み込んである。

そして何より体は歌を覚えている。

独創的、圧倒的な存在感・歌唱力。




『…すごい』



ヘッドホン越しの音がとてももどかしく感じる。
今すぐにでもこの防音の分厚い壁をとっぱらってその歌を聴きたい、と。

自分もあの人と歌ってみたい
この人の歌を作りたい

思わず体が震えを覚える。
ドクンドクンと脈打つ鼓動が伝わってきて、次は琴音が彼の声に魅了される番だった。


「琴音ちゃん」


ふいに肩を叩かれ振り向けば林檎が笑いながらトキヤがいるブースを指差す。


『え…』
「いってらっしゃい。…歌いたいんでしょ?」


流石は教師、と言った所か。林檎にはお見通しなようだ。
琴音からヘッドホンを外し、ブースの扉を開けてすぐに琴音の小さな背中を押す。
トキヤは琴音がブースに足を踏み入れたことには気付いていない。

本当にいのか、琴音は何度か林檎の顔色を伺ったが、正直隣に立っている音也の視線の方が痛い。
琴音は覚悟を決めてブース内にあるもう1つのマイクの前に立ち、音の流れるヘッドホンを装着した。
少しの間奏の後、琴音はトキヤに合わせて歌を紡ぎ出した。



トキヤの圧倒的な音に華を添える様な透き通った声。
決してトキヤの邪魔をせず、かといって音の主役になるような訳でもない。
どこか琴音らしさの混じるソプラノは1つの音を奏でている。
突然の琴音の登場にトキヤは一度目を見開いたが堂々とそこで歌っている琴音に、再び意識を歌へ集中させた。
ブース外にいた音也もさっきまでの琴音とは違い胸を張って立っている琴音に目を奪われていた。

同時にここまで彼女を変えてしまう"音楽"になんとも言えぬ思いを抱く。
ラストのサビ、そしてその余韻を残したまま音は消えていった。
















『勝手にすいませんでしたっ!』

ヘッドホンを外し、ブースを出るよりも先に一目散にトキヤに駆け寄りバッと頭を下げる。

完璧を求めるトキヤの歌。
その歌に自分が介入するなどなんとおこがましいことか、と琴音は謝らずにはいられなかった。
制裁のひとつも、数分前に決まったパートナーの解消も覚悟していたが、降ってきたのは制裁でも冷たい言葉でもなかった。


「いえ…ですが君には驚かされました。作曲コースにしておくには勿体無い人材です」


ぽん、と下げた頭に乗せられたトキヤの手。
少し琴音はビクリとしたが、暖かく優しい手に拒絶を起こすことはなかった。


『あ…ありがとうございます』
「それより早く戻りますよ。音也があなたに何か言いたそうな顔をしていますから」


トキヤの指さした先には目を輝かせている音也。
それを見て若干ブースを出たくないなどと考えたがどうしようもない。

距離を置いてトキヤに隠れながらブースを出るとまさにデジャヴ。
飛びかからん勢いで琴音に詰め寄る音也を時也がしたためる。
そのことを予期していた林檎と日向は見守ることに徹するようで琴音を助ける様子はなかった。


「琴音歌まで得意なんだ!やっぱトキヤ羨ましいなぁ」

『…うん、…昔っから歌が好きで、ボイストレーニング…してたから』
「そうなの!?」
「ほぉ…なら私の歌の方のアドバイスも安心して頼めそうですね」
『わ、私なんかで大丈夫ですか…?』
「えぇ。十分です」

「いいなぁ……あ、ねぇ!あのさ、時間がある時でいいから俺のボイトレ付き合ってくんない?」
『え?え?』
「頼むよ!」


パッと表情を明るくさせて音也が琴音にボイストレーニングの特訓を申し出る。
今の琴音の歌を聞いてのことなのだがこれには少し琴音も同様の色を見せた。



『せ、先生…』
「…他クラスの事にもなるからな…俺にはどうとも言えん」
「こればっかはアタシもわかんないわ…シャイニーに聞いてみないと…」


「ハナシは聞かせて貰いマシター!」



『きゃぁぁぁぁあ!』



バーンとけたたましい音を立ててレコーディングルームにあった大きな植木鉢の中からシャイニングが現れた。
あまりの常識的要素のなさに琴音が叫び声を上げながら傍にいた音也にしがみつく。
音也とトキヤも思考回路を停止させ、林檎と日向は日常茶飯事なのか全く同様を見せない。

ハッハッハと気持良いほどの声を上げながらビシッと琴音と音也を指さした。



「YOUがMr.イットキのアシスタントとしてートレーニングに付き合ってあげてクダサーイ!2人でやればモットモーット成長できる筈デース!」



フリーダム過ぎるこの学園長に日向はため息を零し生徒3人は唖然とするしかなかった。







繋げ繋がる交声曲

(それより…琴音……その、)
(え?……きゃぁぁ!!)
(…気付いてなかったんですか)

(しょうがないわね〜)
(そりゃ…あれには同様もするだろ)


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