朝比奈琴音は一人屋上で佇んでいた。
学園で一番空に近いこの場所は彼女のお気に入りだった。
音が、言葉がフレーズが、空から降ってくるようなそんな気持ちになれる。
そうして舞い降りた音を自分で奏で、譜面を書き起こすことが楽しくて仕方ない。

持ち歩いている愛用のフルートをケースから取り出して組み立てる。
スッと目を伏せれば心と頭に音が舞い降りてきた。





透き通った音が屋上に響き渡る。
誰も観客のいない一人だけのステージ。
なんの気兼ねもなくフルートで音を奏で音楽を紡いでいった。


『……ふぅ』


途切れた音に一息ついて、ケースに入れてあった五線譜のノートを取り出す。
何冊かのノートが入っているのは曲調によってノートを変えているからだ。
さて、と今の譜面を書き起こそうと思った時不意に聞こえてきたガチャリという音。

ビクリと過剰に肩を揺らし、その方向を見れば無造作に跳ねた真っ赤な赤色が扉の奥から顔を出した。


「今の…君が吹いてたの!?」
『ふぇっ!?えと、その……は、い…』

「すっげー!君何クラス!?俺、Aクラスの一十木音也!」


瞳を輝かせて琴音に近付く音也。
一歩近づけば近付く程琴音の表情は固くなっていき、そして徐々に赤みを帯びてくる。


「あれ?顔赤いけど大丈夫?熱でもあるの?」

『あ………ご、ごめんなさいっ!!』
「えっ!?」


目にも止まらぬスピードでフルートをケースに仕舞い、顔を真っ赤にしながら琴音は音也の横をすり抜けて屋上から姿を消した。
ただクラスと名前を聞いただけなのに、俺何かしたかな…。なんて少し凹む音也だったが、今しがた名も知らぬ彼女が座っていたところに一冊のノートが落ちていることに気付く。
どうやら慌て過ぎていて落としたことにも気付いていないらしい。
だがノートを取りに彼女が戻ってくる気配もない。
音也は悪いと思いつつもそのノートを拾い、表裏を見て名前を探す。


「Sクラス……朝比奈琴音…か」


ここまで見てしまったから、とパラリとノートをめくった。



「わっ…!」



思わず声の漏れる程の譜面の数々。
綺麗に綴られた譜面は彼女の―琴音の性格を示しているようだ。
譜面途中のメモも整った字で書かれている。



「こんな細かく書かれているのに…困ってるだろうな………よし!」



ノートを閉じて立ち上がり、片手でパシッと自分の頬を叩いた。


「これ返しに行って…ついでにさっきのこと謝ろう!」


何事も前向きに。
そして純粋に彼女と話がしたいと言う音也の気持ちを後押しするかのように一陣の風が吹く。
この小さな偶然と小さな行動は後に新しい音を奏でる事になる。




Are You Ready?
(あ、嘘、ノートがない…!)


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