「…ちゃん」

「…ル…ちゃん!」

「エルちゃん!」



『……ん?』



昨日、自分の意識が飛んだのは食堂のはずだったのになぜ自分の部屋で寝てるのだろう。
そんな疑問を胸にエルが目を覚ました先にいたのは白ひげ直属のナースたちの姿。

何かあったんですかと聞く前にベットから引きずりおろされてしゃきりとその場に立たされた。
なぜナースが全員自分の部屋なんかにいるのか。
そしてなぜその手には各々メイク道具やらなにやら、ありとあらゆるものを装備として持っているようにも見える。


『え?え?』

「女には準備がいるっていうのにエース隊長ったら」
「でも大丈夫よ!私たちナース全員で手伝っちゃうから!」

『ま、待ってください!準備って!?それにエースさんって……』
「…もう。本当に何も言ってなかったみたいね」
『…?』

「いい?落ち着いて聞くのよ」
「エルちゃん、今日はね」



「貴方たちの結婚式の日よ」


『………え?』



そういって目の前に掲げられたのは、純白にオレンジ色のレースがあしらわれたウエディングドレスだった。














「サプライズ、成功すっかな」
「大丈夫だろうよい。エルだってそれがわからねぇ程ガキじゃねぇ」




『っ、エースさん!!』




ばん、とモビーの甲板へと繋がるドアが開いた。

エースとマルコが振り返った先には自分が見立てたウエディングドレスを纏い、動きにくいドレスで走って来たのか息を切らせた本日の主役。
しかしその顔は薄いヴェールで隠されたままで伺うことはできない。
片手に色とりどりの花を生けたブーケを。
忘れることなく、左手の薬指に約束の指輪を。


『どうして…こんな大事なこと…!』

「エル」

『こんな…ずるい、ですよ』

「エル」


踏み出した足音がこつんと音を立てる。
エースが一歩、また一歩とエルとの距離を縮めていった。

いつもなら絶対に着ないであろう、エースのタキシード姿。
きっと周りに茶化されて着たんじゃないかとすら思う姿に息を飲む。
でもその表情はいつにないぐらい真剣で、目が逸らせない。


「泣くなよ、エル」
『だ、だって』


ぎゅっと抱きしめられるとどうしても涙腺が緩んでしまう。



「どうせなら嬉し涙で泣いてくれよ。折角可愛いのが台無しだぜ?」



言われてしまえばもう涙を抑える術なんてなくて。
最初から嬉し泣きです、と強がって彼の正装に顔を擦りつけてやれば、エースは飛び切りの笑顔を見せてエルを抱き上げた。


『きゃぁっ?!』

「エル大好きだ!愛してる!」
『!!』

「おいこらエース!こういう時ぐらい紳士ぶる事してみろよ!」
「いいんだっつの!なぁ親父!」
「グラララ!!お前らしくていいんじゃねぇのか!!」
「ほれ見ろ!」
「ったく親父は末っ子たちに甘ぇよい」
「ま…今日ぐらいはいいか」

「エル!」
『な、なんですか?』

「今日のエル、マジですっげー可愛い!」


一足先に、頬へ小さな口付け。
ぽっと熱が灯った顔を隠す様に頬を覆えばまたエースが笑う。


「やっぱ俺が見立てただけのことはあるな!」

『このドレス、エースさんが?』
「おう!」


だから所々に鮮やかなオレンジ色が目立つのだろうか。
きっと自分を彷彿とさせるその色を無意識に見立てていたのだろう。
でも、そんなドレスに包まれているのは決して嫌ではなくて。

抱えられて不安定になっていた上に両手を頬に当てていたエルがバランスを崩しそうになりエースの首にその腕を巻きつける。
恥ずかしいから、と。そのまま顔をそっと耳元に寄せて。



『…今日のエースさんも、とびきりかっこいいです』



するとエースの体が固まって。


「…反則だろ」


顔を赤らめて小さく呟いたエースに今度はエルが笑った。







ずっと準備をしていたのであろう、大量に作られた豪華な料理達はサッチが腕を奮ったものだとすぐにわかった。
いつもならそんな料理に飛びつくであろうモビーディック号のクルーたちは、今涙ぐみながら新郎と新婦を見つめている。


「汝ポートガス・D・エースはリンステッド・エルを妻とし

健やかな時も、病む時も、いかなる時もこれを愛し
これを敬い、これを慰め、これを助け

その命の限り、堅く節操を守ることを誓いますか」

「誓います!」


「そして汝はリンステッド・エルはポートガス・D・エースを夫とし

健やかな時も、病む時も、いかなる時もこれを愛し
これを敬い、これを慰め、これを助け

その命の限り、堅く節操を守ることを誓いますか」



言葉で言ってしまうのは簡単なこと。
でもこの言葉に込められた重みは決して軽いものではない。

エルは一度エースの顔を見て、思いっきり深呼吸をした。
彼には分かっている、きっと伝わっている。
この不安も、幸せも、全て。

だからこそ、自分はその笑顔に賭けてみたいと思った。




『…誓います』




エースの手が、エルの顔を隠していたヴェールを退けていく。
そして絡めた手に2人分の指輪がきらりと光った。



「汝ら、いかなるときも互いを愛し、一生を共にすることを 誓いますか?」



迷わなくていいと、言ってくれているような気がしたから。
共に歩いていけると教えてくれたような気がしたから。



「『誓います』」



少しずつ2人の縮まっていく。
あと数ミリで0になるという距離。

誰もが息を飲んで2人の行方を見守った、しかし。



ドォォォン




「「「『!?』」」」

「敵襲だぁあああ!」




けたたましい音と共に大きく揺れた船。
だが何が起こったかを把握する時間には十分過ぎる時間だ。

がくりと揺れた花嫁の体をしっかりと抱えたエースはバッと海を見つめる。
見えたのは数隻の大きな船だった。
が、しかし。この白ひげ海賊団を相手にするにはいささか準備が足りなかったのではないだろうか。



「ったく…家族の門出を邪魔する無粋なやつぁ…」

「問答無用で…」

「叩き潰すよい!!」



「行くぜ野郎共ぉおおおおおおおおっ!!」



「ったく、全員元気なこったな」
『ふふ、ホントですね』
「行けるか?」
『勿論』




私たちは本日ここに

ご列席の皆様の前で結婚式を挙げます




「エル!杖、いるだろ?」
『ありがとうございます』

「んじゃ、一緒に行くか」

『はい!』



これからは永遠に変わることなく

幸せな時も

困難な時も

心をひとつににして乗り越え

笑顔に満ちた明るい家庭を築いていくことを

皆様の前で誓います






「火拳!!!!」






貴方と、燃え盛る思いを胸に。










(貴方を)(お前を)

(永遠に愛しています)