夢の中で夢を見る、またその夢の中で夢を、なんて滑稽ないたちごっこ。
でも何が一番怖いって、どこまでがゆめでどこまでが現実かがわからなくなるということ。


「さよなら、ごめん」



そう言ってゆらゆらと影法師の様に揺れる貴方の姿に手を伸ばして。
でも振り返らずにそれを優しく振り払う手の感覚が妙にリアルで。
炎天下に滲んだ汗は、恐ろしさからか、それとも貴方のせいか。
駆け抜けた感情、刹那に真っ赤に染まった視界に思わず私は行かないで、と叫んだ。
瞬間カチ、と時計が秒針を刻む音。
浮上した意識はお世辞にも気持ちがいいものとは言えない。

誇りを背負った背中を貫いた腕は、赤い。
まるで炎の様に揺らめく、命を鷲掴みにしてしまいそうな。
でもその炎は貴方のひだまりの様な炎じゃなくて。
笑っていた貴方の姿が歪む。

自分の手のひらを見つめて、その手を握ったり開いたりする。
これは夢ではない、筈。
さっきまでの映像はただの夢に過ぎない。
でも今自分が生きていると錯覚しているこの空間が夢ではないという保証もなくて。
救いがあるとすれば、私がまだ貴方の温かさを忘れていない事。
この温かさを失ってしまえば私には何も残らないから。

もしもここが夢だとするならば、覚めない夢でいい。
ずっと貴方を感じられるこの夢の中で、ずっと隣に立っていたい。
そんな叶わない夢を願うのなら、私はあらゆる過去にしがみつくだろう。


「それじゃあ明日も見えないままだぜ?」

『!』


振り返れば貴方がいた気がして。
でもそこに貴方の姿はなくて。
私は恐ろしい明日を見るぐらいならこの現実を選ぶかもしれない。
温かく色めいている、貴方の面影にしがみつく。


『やだ…』


連れて行ってよ。

夢か現実か。
伸ばした手を掴む確かな感覚が、欲しい。
私の手を引いてくれる貴方の所に、連れて行って。


『エースさん…!』


でもね、何度その背中に手を伸ばしても貴方は最後に手を離すの。


「死んじまった、ワリィ」


ずっと笑顔を語る広い背中に、揺らめく影法師。

私の伸ばした手は、最後に宙を掴むだけだった。