ぞくり、と背筋を駆け抜ける悪寒。
自分は火だというのに悪寒を感じるというのは矛盾だろうか。
しかしその感覚は確実に自分を蝕んでいた。

まるで鳥肌が立つような感覚。
こんな時こそ発火すればいい、という単純な寒気ではない。


『エースさん!』
「!?」


叫ぶような声に身をこわばらせたエースの目の前にエルの顔。
思わず波打った体に頭からハットがぱさりと落ちる。


「エル…」
『…どうしたんですか?さっきからぼーっとしてましたけど』

「……なんでも、『ないなんて言わないですよね』


疑問ではなく確信。
ばっちり交わったエルの瞳から視線が逸らせなくてエースは押し黙る。

本心を言葉にしてしまえば、彼女は笑うだろうか。
きっと笑わないだろうという気持ちはあったが口に出せないでいるのは自分のプライド。
好きな女に弱いところを見せたくない。そんな男のプライドだった。


「…………なぁ、エル」
『なんですか?』

「さみぃ」


ただ一言。
"寒い"と言ったそれだけだったが、エルは見たことも無いエースの表情に目を見開いた。

普段ならあり得ない、その言葉が意味するのは恐怖。
なんとなくそんな言葉の裏を感じてしまった気がした。


「変だよな。俺、火なのに」


あぁ、それは自虐なの?
目の前にいるのに、消えてしまいそうな。
それこそ灯のような小さな灯が消えてしまうような気がした。


『ぜんぜん、変じゃないです』
「…エル?」


自分から抱きしめた体は大きいのに心はすぐに潰れてしまいそうで。


『だって何かを感じられるって、生きてるってことですよね?』
「…生きる」

『あの日、あの時、エースさんが生きることを諦めなかったから』


誰かの温度を感じて、愛する者の腕に抱かれ。
エースは一瞬鼻の奥がつんとした感覚を覚えたがそれを抑え込み目の前の小さな体を抱きしめ返した。

しかし、やはり寒気は収まらない。



「俺やっぱ怖かったんだ」



彼が珍しく見せる弱さ。
徐々に強くなる腕の力が、震えていく声がエルの心を酷く揺さぶる。



「ルフィが、親父が、エルが、皆が傷付くのが」

「それに何より、死ぬんじゃないかって思うことが」

「お前をこの腕に抱きしめられないことが」



もしもあの時、自分が生きることを諦めたとしたら。

もしかするとエース自身が諦めたとしても、ルフィが無理やり救っていたかもしれない。
そう思ってもそれはただの幻想だとたら。
諦めた時点でエースの死が決まっていたとしたら。

幾重にも別れるあの時の未来を考えると恐ろしくて仕方ない。


「やっぱ俺、生きたかったんだ」


エースの言葉に、エルはなぜか無性に泣きたくなった。

自分の生を恨んだ彼からの言葉に。
そしてその理由の中に自分がいることに。


『…エースさんが心からその言葉を言えているなら、私はもうそれだけでいいです』


いつの間にか頬を伝っていた熱。
存在に気付いた時には拭うのはもう遅い。

エルの手がその涙を掬う前に、エルの手よりも骨ばった手が頬を滑った。


「エルの涙、あったけぇのな」

『エースさんの涙だってきっとあったかいですよ』
「ハハッ!俺は泣かねぇ」


笑ったエースの笑顔はいつもの太陽のような笑顔だった。
しかし隠しきれない、瞳から落ちそうになる滴をエルは見逃さない。

エースの手に交差してエルはエースの頬に手を伸ばす。


『…じゃあ、これは何ですか?』

「……あれ、俺、泣いてる?」
『泣いてますよ』
「うわ、カッコワリ」
『カッコ悪くなんてないです』


滑り落ちそうになった涙。

涙を流すという行為をしてくれたのが嬉しかったのかもしれない。
込み上げてきた愛おしさを抑えきれず、エルはできる限り背伸びをして涙の膜を作る瞼に口付けを落とす。
少し塩辛いような、でもその温度は温かい。

どうしようもなく彼が愛おしい。



『…大好き…、…大好きです…!』



また溢れてきた涙を止める術など知らず。
エースはお返しだと言わんばかりにエルの瞼に口付け、彼女が泣き止む呪文をかけた。




「俺は世界で一番、エルを愛してる」