深夜、不寝番の者以外は一日の疲れを癒しに3大欲求である睡眠欲を満たしている頃。
見かける奴ら等大体が(というか船長であるローとベポ以外は)白いツナギを着ている中でイレギュラーがあるとすればこの船の唯一の癒しである彼女のみだろう。

そんな彼女は現在、きっと夢の中。
そう思ってキャスケットは欠伸を噛み殺しながら揺れる廊下を歩く。


「(そういえば、今日は満月だったっけか)」


しかし寝る前に見たアリスの姿は自分の腕に収まるサイズだった。
時に夜中だけ大きくなったりという変則的な時もあるのだからわからない。
謎だらけのアリスの素性を知る者は誰もいないが、知ろうともしない…いや、知る必要がないと言った方が正しい。

ただ彼女の笑顔を守るために戦っているバカがここに1人、いるのだから。


『あ、キャス。こんな時間にどうしたの?』

「…アリス?代わってたのか?」
『うん、さっき!』


喉が渇いて水を飲もうとキッチンに行けば、扉を開け放った先に立っていた白いワンピース姿の人物。
この船にそんな格好をする者など一人しかいない。

寝ぼけてたのかとサングラスの下の瞳を一度目をこすったが、耳と目がその存在を肯定する。
どうやら深夜に幼き姿と成長した姿は入れ替わったらしい。
そして耳と目はアリスの存在を肯定する為に、しかし鼻はこの部屋に充満する香しい香りに惹かれていた。


『本当は朝キャプテンが起きるまで置いとく気だったんだけど食べる?今ちょうど焼けたの!』

「またアップルパイ焼いてたのか?」

『……いらない?』
「いや、いる」


若干まだ掠れた声で席に座ればアリスは笑いながらその隣に座る。
キャスケットの為に切り分けられた1人分のアップルパイが皿の上に鎮座。
そして添えられたフォークを手に取りキャスケットは1口大に切ったそれを口に運んだ。


『美味しいー?』
「……美味い」


大きくなったアリスの作るアップルパイはかなり美味しい。
これはこの船の中では有名なことで、夜の間にキッチンでこっそり焼かれたアップルパイ。実は翌朝ローの分を除き争奪戦になっている。
(一度ローの分を残し忘れてバラバラになったのはいい思い出だ)

深夜寝起きで胃に食べ物を入れるのは、と思うが本当に美味しいのだから仕方がない。


「相変わらず美味いな」
『ホント?』
「あぁ」


その言葉にぱぁ、と大きな瞳を輝かせる姿は小さくても大きくても全く同じ面影がある。
フォークを動かす手は止まらず最後の一口というところになった時、キャスケットを楽しそうに見ていたアリスはにこにこと笑ってアップルパイを咀嚼するキャスケットの頬を突いた。


『でもねー今の私も小っちゃい私もね』
「あ?」

『キャスの作るご飯が大好きだったりするんだよ』


とんだ不意打ちにラストの1口を口に入れ損ね、キャスケットは気管に落ちたアップルパイに咳き込んだ。
そんな深夜の出来事。





あなた(のつくるご飯)が大好き

(きゃすー?)
(アリス…今日はお前の好きなご飯作ってやるからな…!)
(わーい!)

そんな次の日の出来事