俺は生きたかったのか、死にたかったのか。
誰もこの問いには生きたいと答える奴の方が多いに決まってる。
生きて恥を晒すぐらいならケジメとして死を選ぶ。それが極道の道。

むざむざペコに守られて得た命。
俺は恥ずかしいぐらいに生にしがみ付いちまった。
これから先一生こんなことにはなりたくねぇな。

アイツが救ってくれた、アイツが守ってくれたこの命は…一度失くしたも同然。

だから俺はもう迷わねェ。
みっともなくたって今だけは生にしがみ付いてやる。
それがわかれば俺の頭はさっぱりしたもんで。


『今の九頭龍君の方が、私は好きかな』


俺がバカみてぇに一度切腹した時バカだ自業自得だと言われる中、桜庭だけは俺にそう言った。
普段はポーカーフェイス気取ってて何考えてるかわかんねぇ桜庭の笑顔をその時始めて見た気がした。

一瞬しか見せなかった笑顔が俺の胸を鷲掴みしていったような感覚に襲われたのを鮮明に覚えている。

ただ、俺の夢にはそんなふわふわした感情なんて出て来てはくれない。

目の前で散った幼馴染の命。
俺の…初恋、だったのだろうか。少なくとも少しはそんな感情を抱いた相手の死はまた俺の心に酷く傷を残した。
ズキンと痛んだ右目に眼帯をして、俺はまたアイツのいない非日常を過ごす。





「ま、そんな超高校級の奇術師さんでも…流石に失恋には感情を出すんだ」




ドアノブを回し少しドアの隙間を開けたところで聞こえた狛枝の声。
油断ならない男の声が聞こえたところで俺はこの手を止めはしなかっただろう。
言葉の中に含まれていた会話相手に勝手に俺はストップをかけていた。

島の中、もっと限定するならコロシアイ修学旅行に超高校級の奇術師、と呼ばれる存在は勿論1人しかいない。
反論の声がないが、多分アイツ…桜庭が狛枝の前に立っている筈だ。

狛枝の言葉で何よりも引っかかってしまった…"失恋"?



「あれ、図星だった?もしかして声も出ない?」



ドアの向こうで行われている会話に、俺までもが息を潜めてしまう。
この様子だと狛枝の言う通り図星なんだろう。
しかし誰が、誰に?と問答を繰り返そうと思った時。

怒涛の勢いで流れてくる狛枝の声が、必然的に誰かだなんて聞くまでもなくなってしまった。




「失恋…しかも相手は一生の傷となって彼に付き纏うだろうね」

「逆に言えば彼の心は一生辺古山サンのものだ」

「一分の入る隙間もなく」

「君の恋は粉々になって消えるんだよ」

「辺古山サンに勝てない自分が憎い?」

「彼女を恨んでいる自分が憎い?」

「憎んだってその相手はもうこの世にはいないのに?」




当たり前のように出てきたペコの名前。
そしてそれが差している相手なんて、わからねぇ程俺は鈍くねぇつもりだ。

桜庭が、俺を?

ずっと昔から俺の傍にいた女なんて妹とペコぐらいだった。
九頭龍組という裏が俺を支えている以上寄ってくる女なんていなかった。
俺の本性を知ってる奴なんてのも片手で数えられるぐらいしかいなくて。

思っていた時に笑顔の桜庭の顔がちらついた。

一体どんな気持ちで俺を見ていたのだろう。




『うるさいっ!!!』




聞いたことも無い桜庭の怒鳴り声と共に足音が遠ざかって行くのが聞こえる。
聞こえなくなってからドアを開けると、予想通りそこには狛枝が笑いながら佇んでいた。


「やぁ九頭龍クン。盗み聞きなんてねちっこいね」
「ここで話してたのはお前等だろ」

「まぁね」


薄気味悪ィ笑顔。
吐き気がするような狛枝との会話の中、足元に赤い斑点がちらつく。

過敏になっている、と言ったらそれまでだが今それを視界に入れたらどうにも寒気しかしない。
一瞬でわかった。狛枝の目の前辺りに点々と落ちていたのは間違いない。

血、だ。


「っオイ狛枝!」
「言っとくけどそれは僕のせいじゃないよ?」
「そんな証拠1つもねぇだろ」
「僕がやったって証拠もないのに?」

「……ックソ!」


誰の血かなんて今の状況を考えれば明白だ。
正直俺だって頭の整理はついちゃいねぇ。

だがここで大人しくしてられるほどまだ俺の頭は大人じゃないらしい。
自分に惚れてるらしい女が、おそらく俺のせいで泣いてる。
まだペコの死だってまともに受け入れられちゃいねェ俺に何ができるかなんてわからねェ。

わかってる。ただのエゴだ。

ここで俺が出て行ったところでどうにかなるのかも、どうにもならないのかもしれない。

ただ、ペコも桜庭もなんで俺みてぇな奴についてこようとするのか。
それだけはどうにも理解できねぇよ。
なんで、なんで俺なんだ。


―苦しい思いをするのは、俺も一緒だってのに。