この南国の楽園の空気にほだされてしまったのだろうか。
明らかに緩くなるところではない、このコロシアイ修学旅行で私は何を思っているのだろう。

人が死んだと言う紛れもない事実。
眼前に突きつけられていると言うのに思ったよりも歪まない表情は私の薄情さも表している。
ただ私があの時恐ろしいと思ったのは、

自分の死を分かった上で他人を守って死んだ辺古山ちゃんのこと。

誰よりも気高く、誰よりも美しく、そして何よりも怖いと思ってしまった。

私にはあんな覚悟はできない。
この先辺古山ちゃんからした九頭龍くんの用に守りたいと思った人ができたとしても、その人の為に命が張れるだろうか。
否、嘘をついてでもそんな風になれるとは思えなくて。

だからこそ尊敬し、そして怖いと思った。


『…勝てない、なぁ…』


癖のように右手で左手の手首を掴み、コテージの自室でぼそりと呟く。
多分、私は九頭龍くんのことが好き、だ。恋愛感情を含んだ意味で。
確証がないのは私が今までそんなことを思ったことが無いから。

一度捨てた命だ、と心を入れ替えて生にしがみ付いていた。
決して揺らがない彼の心の中心にいるのは辺古山ちゃんで。

気付いた時にはもう遅かった。
彼女は死という最大の形で彼の心に最後の火を灯して逝った。
人は死して名を残すなんて言葉があるけど本当にその通りだ。
結果として失くした右目の瞼の裏には辺古山ペコという存在が巣食っている。
巣食っているなんて言い方は汚いかもしれないけど、私からしたら辺古山ちゃんは決して勝てない恋敵。
誰にも言わないから心の中だけだから、ちょっとぐらい憎まれ口を叩かせてもらいたい。

開け慣れてきた自分の部屋、と称するコテージのドア。
足を踏み出せばまた、彼女がいなくなった"非日常の日常"が始まる。


「やぁ、桜庭サン。今日もいい天気だね」

『…狛枝くん』


あぁ、嫌な気分。
なんでよりにもよって1番最初に会う人が彼なんだろう。
人の心を逆立てることに定評のある狛枝くんにマンツーマンで会うのは正直嫌だ。

私が今考えてた思考もあって余計に。


「どうしたの桜庭サン?随分浮かない表情してるけど」
『放っておいて』

「ふーん…九頭龍クンと辺古山サンの事でも考えてた?」

『!』


こんな時に限ってちゃんと表情を隠せなくてなんでこんな人の前で"素の私"を見せてしまったのか、自分を恨みたくなる。

歪んだ。狛枝くんの表情が。
ただ歪んだんじゃなくて至極楽しそうに、だ。

感情を見透かされた様な瞳に見つめられるのはどうにも気味が悪い。
島にいる間に私がこの視線になれる日が来るのだろうか。(正直来る気もしないけど)


「わかりやすいね…大丈夫かい?超高校級の奇術師がそんなにわかりやすくて…さ」
『…狛枝くんの方が案外むいてるんじゃないかな。奇術師』
「光栄だなぁ!君にそんな事言ってもらえるだなんて!」
『……』


狛枝くんは誰よりもわかりにくい性格をしている反面、考えていることは至極単純明快。
より強い希望を望みその為に絶望をも受け入れる。
私にはそんな生き方はできない。
例え生きた先に希望があったとしても今の現状はどう考えても絶望しかないのだから。


「ま、そんな超高校級の奇術師さんでも…流石に失恋には感情を出すんだ」

『……っ、』

「あれ、図星だった?もしかして声も出ない?」



左手に添えたていた右手が、ガリッと小さな音を立てて腕に血を滲ませる。

痛みなんて感じない。
目の前に立ちはだかる絶対に越えられない壁と正論である彼の言葉が全部言葉のナイフとなって私に突き刺さる。
ぐさぐさと突き刺さるそれにポタリと足元に血が落ちたことに気が付かなかった。


「失恋…しかも相手は一生の傷となって彼に付き纏うだろうね」

「逆に言えば彼の心は一生辺古山サンのものだ」

「一分の入る隙間もなく」

「君の恋は粉々になって消えるんだよ」

「辺古山サンに勝てない自分が憎い?」

「彼女を恨んでいる自分が憎い?」

「憎んだってその相手はもうこの世にはいないのに?」



『うるさいっ!!!』


大声なんて虚勢に過ぎない。
それでも思わず口から張り上げた大声は私の脳内の熱を一気に引かせていく。
でも感情の高ぶりは完全に脳内とは反対に爆発したようにどうにかなってしまったようだ。

目の前の狛枝くんの横をすり抜けて私はホテルから駈け出していた。

レストランに行く日課、初めて破っちゃったな。