希望ヶ峰学園。
希望と絶望が二律背反なこの学園。
持ち物は共通の電子手帳。
そして与えられるものは全てあちらからだけの一方的なもののみ。


『ねぇ…私のバイオリン…知らない?』


静かな部屋にぽつりと落ちた小さな声は全員の耳に届く。
しかし律の声に返ってくる答えるは知らないの一択だけ。

彼女の探している相棒の行方はわからぬまま。


『やだ…どこなの…どこなの…』


ガタガタと震えだす律に朝比奈や不二咲が駆け寄る。
髪を掻き乱す様に自分のお頭を掻き毟る姿はまさに正気ではない。



「でもよぉ…前々から思ってたんだけど佐伯だけには外から持ってきた荷物があんだよな」

「確かに…それはわたくしも不思議に思っていましたわ」

「とはいってもバイオリンだけよ。そんなに重要なものではないわ」

「いや、今は彼女と言うイレギュラーがいると言う事が問題としているんだ」

「もしかして佐伯ってモノクマとグルなんじゃねぇの…?」



己を、自分の音楽を否定する全てが耳を毒していく。
込み上げる気持ち悪さが胸を中心に全身を侵していくようにすら感じる。


『…どこなの』


チリ、と空気が裂かれる音がした。


「さ、佐伯さん!?」
「おいおい、冗談はやめろよ…!?」


律の手にはキッチンから持ってきたであろう大きな包丁が握られていた。
振り回すでもなく、しかし彼女の手に握られたそれは鋭く光りまるで血肉を欲しているようにも見える。

そう見えるようになってしまったのはこの学園に毒されてしまった為なのか、それとも。



『冗談…?冗談をやめるのは貴方たち…でしょう?

ねぇ、どこ…どこなの…?誰が隠したの…?』



狂わされてしまったのか。



"はいそこまでー!"

『っ、…?』



ドスンと鈍い音がしてどこからともなく聞こえてくる呑気な声。
律の首裏に狙ったように飛んできたこの学園の学園長………のぬいぐるみ。
底に鉛でも仕込んであったのか地面に音を立てて転がったぬいぐるみに、衝撃に気を失った律がまた前へ倒れそうになる。

律の体を軽く受け止めた十神、皆は周りを見回して本物の学園長の姿を探したがその姿は見当たらない。


「どこだ…どこだモノクマ!?」

「ここだよここ」
「うわっ!?」


苗木の背後に、見覚えのある箱のようなものを掲げて立っていたのは放送で聞こえてきた声の主で。


「失礼だなぁ。僕は親切でこれを返しに来ただけなのに」

「それは…!」
「…佐伯くんのバイオリンじゃないか」
「これがなきゃ、お前らは皆殺しだったかもねぇ…うぷぷぷ」
「…お前が隠したんじゃないのか」

「まっさかぁ!僕は君たちにはなぁ〜んにも関わっちゃいないよ。放っておいても面白かったけど"これ"を持ってくのを許可したのは僕だからねぇ。不公平になっちゃいけない」


自分が許可したものはプラスにもマイナスにも働いてはいけない。
それがモノクマの中のルールであり規則。

だがモノクマがこれを返しに来たというのは律のバイオリンを隠したのは誰かということが結局はわからずじまいだということ。
つまり、悪意を持って彼女の心を殺しに来た者が誰かは特定ができないということ。


「この問題は僕には関係ないからねぇ〜お前らで解決しないと…彼女はまた暴走しちゃうよ?」


じゃあねぇ〜と間の抜けるあいさつを残してモノクマはこの場から消えた。
この場に残った者から発される言葉はない。
ただ、十神の腕の中で死んだように意識を飛ばしているただ1人、イレギュラーを許された彼女を誰がどう思っているのか。

人の心ほど、難解で解けないパズルはないのだから。