『…』
「おい、これはなんだ」


あぁ、なんで私はこの人に隠し事ができないんだろう。

七夕だって浮かれて飲んで騒いで。
仕事場にうっかり愛剣を忘れて取りに来ればこのザマ。


『…私それてっぺんに付けてませんでしたか』
「あぁ1番上にあったな」
『わざわざ取ったんですか』
「ワリィか」


悪いですって私が何のために1番上に頑張ってつけたんだと思ってるんだこの人は。
きっとそのために能力でも使ったのだろうか。
でもスモーカーさんほど大きかったらそれもなく手が届くだろうか。
しかし、辺りに漂う煙の匂いが濃い気がする。(気のせいかもしれないけど)

ただの考え過ぎだったとしても私は短冊を手に取っているスモーカーさんから視線を離すことができなくて。


「さっきたしぎに言ってたのとは随分違うようだが」
『…あれはあれで本心ですよ?』

「ならそれを書けばよかったんじゃねぇのか」


ひらりと私のもとに飛んできた短冊。
スモーカーさんに押し付けることに失敗して代わりに私が"願い"を書いた水色の短冊。



"正義を貫く力が欲しい"



背中に背負った正義を、貫くだけの力を。


「馬鹿げた願いなんぞ書きやがって」
『…そりゃあ私バカですから』

「テメェが信じた正義は何だ」


貴方の背中に惚れて、振るっていた剣の矛先を向けることに疑問を覚えたのはもはやいつのことだったか覚えていない。
両親のことだって覚えちゃいない。
でも両親は海賊ながらも自分の持つ正義を貫いて死んだんだって、教えてもらったから。
善にも悪にもそれぞれ貫きたい正義があるから衝突する。
ただ私たちは善のフリをしているだけの正義であり、それはただのエゴ。

善も悪もそれぞれの正義があって、今の自分はどうなんだって。
そう思うとたまに自分が何かを願うことがおこがましく思う。

織姫と彦星は恋に現を抜かし、その罰として年に1度だけしか会うことを許されなくなった。
願いを叶えるという物語の2人が1番の願いを叶えられないなんて皮肉だと気付いたら何かを願えば何かを失う気がして怖くなった。


『こんな紙1枚に願いを込めるだなんて滑稽だと思いませんか』

「あぁそうだな」

『バカだと思いませんか』

「そうだな」


短冊をゆっくりと引き裂けばバリ、と私の右手と左手に分かれる1枚だった紙キレ。
どんどん細切れにしていけば粉々になっていく私の"馬鹿げた願い事"。

まるで紙ふぶきのように小さくなったそれをバラバラとゴミ箱に散らしていく。


「願うことに縋り付くようなヤツはバカだろうな」
『私もそう思います』
「だが願わねェヤツは願わねェヤツでバカだな」
『え?』

「願う事とそれに縋りつくことは別だ」


大きな笹もスモーカーさんと並んだらさっき見た時よりも小さく見えた。

吊り下げられた数多くの色とりどりの短冊。
馬鹿げた願いから大きな願いまで、その尺は図りきれないぐらいの振り幅がある。


「誰も願うななんて言ってねぇだろ。ただそれに向かって何もしねぇのは意味がねぇってだけだ」
『…』

「おこがましいなんて思うなよ」
『!』
「お前の正義はお前が決めるんだろ」


スモーカーさんは吊り下げられていたまだ何も書いてない短冊を私に差し出した。
もう1度願えと、そういう事だろうか。

願っても、いいんだろうか。

ぽすりと私の頭に手を置いて、スモーカーさんは部屋を出て行った。
触れられた箇所が熱い。
でも、嫌いじゃない。

私は自分の机に置いてあったペンを手に取って迷いなくそれを短冊に滑らせる。
明日の朝、スモーカーさんがこれを見た時の反応が楽しみだったり、そうじゃなかったり。




貴方に願いを

(…おい)
(あ、見ました?私の願い事!)


("スモーカーさんと相思相愛!!!")


私の願いは変わらない
それでも、その願いの1つを
貴方に捧げましょう