もしも、たった1つの願いがかなうなら


『あー!たしぎ先輩それ笹の葉ですよね!』
「はい!先程いただいたんでこちらに持って来たんです」

『いいですね!風流!そういえば今日タバナタでしたね!』


身の丈よりも大きな笹を抱えて来た敬愛するたしぎの後姿に今日が何の日だったかを改めて確認した。
笹に短冊をぶら下げれば願いが叶う。
そんなチープな遊びではあったが誰しも幼い頃胸を躍らせたことがあるだろう。
アレシアも勿論その1人であり、どうやらたしぎもその1人だったらしい。
部屋につけば短冊だ飾りだと騒ぎ立て楽しそうに作業をする女2人組に徐々に人が集まってくる。


「…なにしてんだお前ら」

「スモーカーさん!」
『今日七夕なんですよー!ほら、スモーカーさんもこれどうぞ!』
「いらん」
『イタッ』


仕事そっちのけで盛り上がっていた部屋に喝を入れんばかりにやって来たスモーカーに動揺することもなくアレシアが差し出したのは水色の短冊だった。
言葉と拳で一蹴された短冊の行き場はなくアレシアはしょうがなく短冊を自分の机に置いた。


「お前らそんなことしてねぇで仕事しろ」
「は、はい!」
『ふっふっふ大丈夫ですよ…』
「…あ?」

『なぜならこの私が全て終わらせてありますから…!』


「「「うぉぉぉおぉおぉ!??!?」」」


ババーンと効果音が付かんばかりに今しがたアレシアが短冊を置いた机には山積みの書類の束。
てっきりこれからやるものだと思っていた書類の山がまさか全て終わっていたものだったとは。
誰も予想だにしていなかったアレシアの仕事ぶりに上がる歓声はなんともむさ苦しいものだ。

アレシアは体を動かす方が好きであるし、それは周知の事実である。
だがアクティブであろうという予想に反し彼女は机に向かう書類整理ができた。
意外だと言えば本人はまぁその通りだろうと頷くが聡明でなければこの海軍で生き残っては行けないだろう。

どうだと言わんばかりに修正個所のない文句なしの書類をスモーカーに叩き出せば好きにしろと許可が下りる。


『流石スモーカーさん話がわかるー!』
「終わってんなら文句もクソもねぇだろ」

『ならたしぎ先輩も書きましょうよ短冊!』
「そうですね…願うだけならタダですし」
『そうですよ〜!』


一気に活気を取り戻した部屋の熱気にスモーカーはため息をついた。
いつも通り、七夕を"楽しむ"アレシアの行為には何の躊躇もない。


「そういえばアレシアさんの願いは何なんですか?」

『…え?…あ、やだなー!たしぎ先輩!そんなの勿論スモーカーさんをゲットすることに決まってるじゃないですか!』
「あぁ、…相変わらずですね」
『私の短冊、1番てっぺんに飾るんで見ないでくださいよ〜!』


ただ1つ、葉巻の煙を燻らせるスモーカーの目に映ったアレシアの瞳は何かを願うことを躊躇するような、そんな瞳をしていた。