海の潮風に流されて漂ってくるのは何かが焼け焦げる匂い、そして荒い息と小さな笑い声が聞こえてくる。 「お前も随分強くなったなーエミル!」 『笑いながら言われても嬉しくねーっての!親父息一つ乱してねーじゃんか!』 「そりゃそーだ!まだまだお前なんかにゃ負けねーよ」 『っくしょー!』 バッとエースとの距離を取ったエミルが小さく言葉を紡いでいった。 紡がれる言葉はきっとエースにとっては極めて難解だろう。 しかし届くことのない程の小さな声。 『終焉を与える冷気の抱擁…』 だが何をしないかがわからないエースではない。 次のタイミングを見極める為にテンガロンハットが視界の邪魔にならぬよう頭からそれを弾いた。 いつでも炎へと姿を変える準備はできている。 エミルの持つ杖は海牢石でできた特注品。迂闊に近付けば自分が一撃を貰いかねない。 熱気に包まれていた看板が一気に寒気すら感じる温度へと下がる。 気付けばあっという間に氷霧に包まれた瞬間にエースはその身を炎に変えることを止めた。 『インブレイスエンド!!』 宙に浮かんだ大きな氷の棺がエースめがけて落下する。 だが2人の時間は止まっているわけではないのだから互いの姿を視界に入れたまま2人は走り出した。 「神火・不知火!」 『っ、と…!当たんねーぜ親父!』 「誰が当てるなんて言ったよ」 『!』 エースのから放たれた炎を避ければその経路を予測していたかのように目の前に迫る不敵な笑み。 気付いた時にはもう遅い。 自分の周りに包まれていた冷気はまるで浄化されるように燃えあがっていた、 「炎上綱!!」 『しまっ…!』 「これで終わりだぜ…」 炎上網に捕えられ動けなくなったエミルから視線を外し空を見上げる。 そしてエースは高らかに叫んだ。 「火柱!」 パキン、と耳に届くほどの音を立てて砕け散った氷。 霰のように降ってくるそれをエミルは唖然とした表情で見つめていた。 こうも容易く、いとも簡単に。 腹の底から込み上げる感情に奥歯を噛みしめる。 しかし目の前の結果は変わらない。 おー、と自分で砕いた氷のかけらを見つめている自分の父の背中をじっと見つめていた。 「今日は妙〜に長くつっかかって来たな」 『…親父今日なんの日か知ってんのか?』 「あ?今日?」 『ほらー!だから無理だって言ったでしょエミル!』 様子を声で伺ったのか、看板と船中への扉が音と声を立てて開かれる。 そこに立っていたのはエミルの双子の妹でありエースの愛娘でもあるエリーの姿だった。 だから言った、という言葉のニュアンスには前になんらかの言い合いをした形跡があり"ほっとけ!"と不貞腐れながら声を上げるエミルの姿は父親からすれば酷く気になるものである。 「おうエリー!お前もやるか?」 『んーん。今日はやらない!それより、だから言ったのに!絶対無理だからこっち手伝ってって!』 『俺には俺のやり方があるんだっての!』 『もー!いいもんママが手伝ってくれたし!』 「なんだなんだ。お前たち…俺に隠し事か?」 『パパ、パパ、今日父の日だよ!』 エリーの言葉に"あ"とエースはポン、と手を打ち納得した様子に見える。 そういやそんな日もあった、と思ったがそれと今の行動が何と関係しているのだろうか。 バカな頭ではその糸が繋がるはずがなく。 今日が何の日だと理解しただけで今目の前で行われた我が子のやり取りの行動が理解できない。 疑問符が脳内を埋め尽くしいつか違う意味で頭から火が出るのではないか。 『エミルね。パパに勝って"自分より強くなった息子"をプレゼントするんだって聞かなくて。私絶対無理だって言ってたのに』 「俺に…?」 『ちょ、バラすなよエリー!俺が何考えようがいいだろ別に!』 『ここまで来たらいいでしょ!あとパパ、ちょっと食堂来て!』 「お、っと。あんま引っ張るなエリー!」 『いいから!』 自分の愛する彼女を思わせる小さな手に引かれて先程とは一変して静かな船内に引き込まれる。 エミルもその後ろを着いて行っており、親子3人で食堂までの廊下を駆けることになった。 子供に手を引かれて歩くことがこんなに幸せだったのか。 知らなかった温もりを教えてくれた彼女に改めての感謝と愛おしさが増してくる。 だが、今目の前にいる子供たちが可愛くて仕方がないのも事実だ。 『じゃじゃーん!』 「お…すげぇぇぇ!!」 バタン、とエリーにしては少し乱暴に、そして慌ただしく開けた食堂への扉。 食堂と言いう時点でなんとなく予想はしていたが、 『お疲れ様ですエースさん。エミルもお疲れ様』 「おう!」 『……おう』 「でもマジ美味そうだな!!エリーとエルが作ったのか?」 『うん!エミル手伝ってくれなかったし』 『…意外に根に持つのなお前…』 『ねーママ!』 『まぁ…確かに、ね』 『母さんまで…?!』 待ち受けていた豪華な料理の数々。 そして愛する妻の笑顔。 隣で微笑む娘。 現在は若干ご機嫌斜めだが、本心ではこの日に備えて一番気を燃やしていたであろう息子。 自分が"父"になった実感が今更ながら込み上げてくる。 あれ程まで嫌悪すらしていた家族と愛と言う繋がりが、今の自分を作っていることに気付かされる。 「…なぁエル、エリー、エミル」 『どうかしました?』 『どうしたの?誰もお肉取ったりしないよ?エミルも』 『取らねぇよ!』 思わず熱くなる目頭だったが、それすらも振り払う思いが込み上げて来てエースの体は勝手に動いていた。 「3人共大好きだ!」 好きだってありがとうだって、伝えたい思いは"家族"と共に。 自分の腕に抱きしめた3つの温もりを感じてエースは笑った。 誰よりも愛を憎んだ者に、誰よりも大きな愛を。 |