貴方は「倶会一処」という言葉を知っていますか?


―倶(とも)に一つの処(ところ)で 会(あ)う


そんな意味を持った言葉を。









人は何のために旅をするのか。

旅先で美しい景色を見る為
美味しいものを食べる為
新しい発見をするため
新たな出会いを見つける為

それぞれ理由はあるだろう。
だが、人が旅をする最終的な目的と言うのは


あるべきところに "かえる" 為だ。



「おいエース起きろって!ルフィお前もだ!」

「ん〜うっせぇよサボ…」
「あと5分…」

「ガープさんに怒られても知らねェかんな!」


「じいちゃん!??」「ジジイ!??」



布団をめくり上げる音でこんな音がするものかと言うレベルで2人が布団から飛び上がった。
どれほどまでにガープの拳骨が恐ろしいのかを物語る動作で目を見開いたところで、傍に立っていたサボがやれやれと頭を掻く。


「うお!もうこんな時間じゃねーか!」
「やっべーぞ!遅刻する!」

「だから言ってんだろ早くしろよ!」

一気にドタドタと準備を始めるエースとルフィ。

服はどこだ、教科書はどこだ、辞書は、と。
騒がしさを増しながら一階に降りればなんのために早起きをしたのか、ガープの愛の拳が飛んできてしまった。


「朝から騒がしいぞお前らぁぁぁぁ!!!」

「「いってぇええぇぇぇえ!!」」


時間がない時に限っての説教。
その様子を見たサボは時間がねぇ、とさっさと行ってしまった。
早くしてくれと言えばなんだその態度はと言わんばかりに説教の負のスパイラルが連鎖する。
ならば黙って説教を聞いてる方が早い。
それを知っている2人は全力で正座を耐え抜き必死に説教の雨が止むのを待った。

説教の終わった数十分後。頭に作った大きなコブを押さえながらも玄関を出れば、すぐにルフィとは反対側の道を行くことになる。


「じゃあなエース!」
「おう!そっちもなルフィ!」


まだ高校生のルフィと、大学に通うエースとサボは行く道は正反対なのだ。
ルフィと別れ、腕に付けた時計を見れば残念ながら一限目には間に合いそうにもなさそうである。

自分たちを見捨てて先に学校へ向かったサボは今頃着いただろうか、考える暇もなく自分の足を必死に動かす。


「ったくサボの正直モンが…!」


とはいえ遅れた分のノートはきっちりサボに映させてもらってるから文句も言えない。
今の自分ができるのはいち早くサボと合流すること。

脇目も振らずに走り続け、そしてエースは気付かなかった。



「っうお!」

『きゃ…!』



いつもは落ち着いて普通に曲がる直角の曲がり角。
運動能力の高いエースのスピードを維持したまま曲がろうとすれば急なことに対応できないことは目に見えていたが、エースにそんなことを考えている暇はなかった。
まさかこのドンピシャのタイミングで人が曲がってくるはずがないだろう。

思っていた思考は甘く、見事に対抗の道から曲がって来た人物と正面衝突をしてしまった。

声と一瞬ちらついた容姿からして同い年程の女。
どうやらあちらも走っていたようでエースにですら結構な衝撃が返ってくる。
いくら互いに走っていたとはいえ男と女で感じる衝撃の差は歴然だろう。


「ワリィ大丈夫か?!俺ちょっと急いで、て………」

『いえ、私の方こ…そ………』


慌てて立ち上がり手を差し伸べて、彼女の顔を見ないままに互いの手は重ねられた。

そして交わった瞳と視線。
言葉に詰まる、一瞬の刹那。

ふわり、と舞い上がった風が少しくせ毛がかった髪ピンク色の髪を揺らす。
見開いたエースの真っ黒な瞳と真っ黒な髪。


―俺、こいつの事
―私、この人の事



「エル…?」 『エースさん…?』



―知ってる





重なっていたエルの手が小さく震える。
あ、と声にならない声がこみあげて来て、声の代わりに込み上げてきたのは頬を伝う一筋の涙だった。

思わずエースもその場に両膝を付く。
ここがコンクリートで舗装された道だろうが関係ない。
今この空間には2人しかいないのだから。



あの日永遠の別れを告げた筈だった、愛すべき者が目の前にいる。

海賊としての生涯を終えたポートガス・D・エース
大学生として今を生きるポートガス・D・エース

ー彼女が愛した、"エース"が、目の前に、いた。


『ばか…』

「ハハ、第一声それかよ」
『ばかです。エースさん。ばかです』
「おう。バカだった。ごめん」


零れ落ちることを止めない両目を覆ったエルを、体ごと抱きしめる。
ゆっくりとエルはその手を背中に回し、ぎゅっとエースシャツを握り締めた。

エルの知っていたエースは、この背中に己の誇りを掲げていた。
今の彼はそうでないかもしれない。
でもエースはエース以外の何物でもなくて。

2人の姿は傍から見たら何の変哲もない道端で抱き合っているとしか見えないだろう。

だが、この抱擁にはただならぬ意味があった。
エルよりも先に、旅出ってしまったエースの旅を終わらせることを。
帰るべきところに、彼を還すと言う意味を。



『エースさん…おかえりなさい』

「…ただいま、エル」



離さないようにと閉じ込めた小さな体から少し身を離し、真っ赤になった瞳ですら愛おしい彼女の姿にエースは唇を落とした。

旅の終わり。
倶会一処、共にもう一度貴方と。

新たに歩き出す一歩。




(そして薬指へ、もう一度誓いのキスを)



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ちなみにこれ、倶会一処(くえいっしょ)って言います