男と女、はっきりしたその区別。
気に入らない。リディアが嫌うのはその絶対的差別、区別だった。
なぜ女が男の下にいる者だと決めた。
人の上に立つのが男だけだと思うな。
言わんばかりに今まで蹴散らしてきた野郎の数は計り知れない。
自分を見下した人間を見下し返す。長年武器を振り続けた手はお世辞にもその辺の町娘よりかは綺麗とは言えないのではないだろうか。
その事に対し不満を持ったことなどない。
むしろ自分らしく生きてきたとすら思う。

男がなんだ、女がなんだ。

そう思っているのに時に自分を女扱いして欲しい時もある。
あぁ自分も丸くなってしまったものだと角の無くなった心に舌を打った。


「リディアなにイライラしてんだ?」
「んだよまたマルコと喧嘩か?」

『煩い黙れ喋るな』


この場にいない奴に何を思っているのだろう。
ダンッとコーヒーの入っていた、既に空のカップを少し乱暴に叩き付けてリディアは立ち上がった。
キッチンの扉を開けて今頃書類とにらめっこか分厚い本とでも向き合っているであろう恋人の元へ向かう。
恋人なんて甘い響きに至るまでにどれだけの苦い経験をしたかも知らないが、だが思った以上に甘い関係にはなっていないという現状。

しかし今何にイラついているのか。
男と女と言う概念が無ければ愛が生まれないから?
彼が男で自分が女だから?

違う

"女"としての喜びを望んでいる自分が一瞬でもいたことに、だ。


『マルコ!』


声だけで怒りを感じると分かるようになったのはいつからだろう。
マルコは持っていた本をパタリと閉じて扉を振り返れば見て取れるほど不機嫌なリディアの姿があった。
声なんかで確認するより見た方が早い。

扉の傍にいた彼女は今はマルコの座っているベッドの前で仁王立ちをし、マルコを見下している。


「…俺、なんかしたかよい?」


不機嫌。
顔に張り付けたそれはここに来た以上原因は自分以外に考えられない。
かと言って今日一日を振り返っても思い当たる節なんて何もないのが問題だった。

クールに見えて感情の浮き沈みが激しいリディアの感情はわかりやすいがその内訳までは理解することができず。
黙ってリディアの言葉を待てばリディアは吊り上げた瞳でマルコを見下しながら冷たい声で言った。


『違う。お前が何もしないのが悪い』
「…は?」


意味の理解を促すために間の抜けた声を上げて聞き返せば、次に見えたのはいつも就寝の時に見るモビーの天井。
そして今冷たい声を発したとは思えない程に顔に赤みを持たせている愛しい彼女の姿。

ピースが繋がって出た答えは、"今自分は押し倒されている"という状況だったが、なぜ自分はそうなってしまっているのか。


『だっ、……だから、だな……!』


滅多に見ない彼女の口ごもる姿に動けずにいればマルコは自分の腰布がいつの間にかリディアの手にあったことに気付いた。
なんとも言えない恥ずかしさと勇ましさの混ざり合ったマーブル模様な感情に困惑している間に、その水色の腰布は己の腕を拘束している。
自分がもし冷静であったならこの目の前で照れる"女"を押し倒し返して自分の中にある男をここぞとばかりに見せつけたことだろう。
しかし自分の上で今主導権を握っているのは顔を真っ赤にしたリディア。


『私に…て、手を出さないなら…私から出してやる…!』


男と女という壁を一番嫌っていた"女"による、認めたくない気持ちへの彼女なりの反抗の仕方。
照れ隠しか、ガリッ音を立てそうなぐらいに噛みつかれた唇にマルコの気持ちはかき乱される一方だった。





オトコトオンナ