ただ、物資の調達の為にふらりと立ち寄っただけの島。
ログが溜まるまで留まるつもりもない、そんな最低限の理由を持っているだけ。
真っ赤な龍を象るレッドフォース号が陸にその身を寄せタラップを降ろす。
赤髪海賊団の象徴ともいえる綺麗な赤髪を潮風に揺らすのはその船長シャンクス。

片腕のない隻腕とは思えない実力が背負う名は重く、そして気高いものだ。
本人にその自覚はあるもののその力をひけらかすようなことは決してない。
それこそが多くの船員を惹きつけた力なのであり彼自身の魅力とも言えよう。

だがあまり頭の回転をさせるのは得意ではないらしい、しかしここで登場するのが副船長であるベックマンだった。
シャンクスの右腕、赤髪海賊団の頭脳。その呼び名はさまざまあるもののこの船で彼の頭脳の右に出る者は誰もいない。

故にシャンクスも信頼を置き、重要でない物資補給レベルの島に着いてからの指示は彼に一任していた。
今回も例外ではなく下の者に雑務を任せ自分は"面白いもの"を探しに島を闊歩する。

過酷な船旅の中でこうして面白味を見つけだすこともまた一興。

さぁ今回は何か彼のお眼鏡に適う何かはあるのだろうか。



「今回はハズレだなぁ」



そう言って夜の街へ繰り出し、飲めるだけ酒を腹に流し込んだのは現在。
足元の覚束ないお頭の姿にベックマンがため息をつくのは何度目だろうか。

いい加減に酒の加減ぐらい覚えてくれ、と思うのだが30後半まで年を取ってしまった大の大人にそれを教え込むのは至難と言える。
暗くなった町並みはお世辞にも綺麗とも言えず。
治安があまり悪いとは言えないこの島には華やかさと言うものはないらしい。

目つきとガラの悪い男がこれまた薄暗い路地裏に姿を潜めているのがわかる。
しかしいくら足元が覚束ないとはいえ、彼はかの有名な赤髪のシャンクス。
それでもつっかかってくるのはそれをしらない常識知らずのバカぐらいであろう。
ふらりと足を右に左に。
パッと見ればただの酔っぱらいだが行く道の前に立ちはだかる輩はいない。


「あ〜…今日はやけに月が明るいな」

「お頭、頼むから前ぐらい向いて歩いてくれ」
「別に転んだりしねぇ、よっと」


見上げた空に浮かぶ月はやけに明るく道を照らす。
ベックマンが注意を促しても無意味だと分かった時点でシャンクスの足取りは彼自身が決めることとなった。

―こんな綺麗な月が浮かぶ夜は月見酒が飲みたくなる。

いや、さっきまで飲んでいたのだが、とにかく。
シャンクスの頭には娯楽である酒盛り。
それがまた美味しくなるならそれは娯楽としての意味を増す。


「………あ?」


明日は船に酒でも積んで月見酒だ。
結論を出し視線を前に戻したところで、ふと見慣れたものが目に入った………気がした。

闇にまた映える黒いコート。
少し遠めでも分かりやすいほどに、柔らかそうな羽の付いたハット。
身の丈ほどの大きな十字架のような、剣。

月明かりのせいか黒い色味が白に見えなくもない。
だがそんな奇抜な格好をした人物をシャンクスは1人しか知らないのだ。



「…鷹の目?」



交えた剣の感触がふっと頭に蘇り軽く酔いが覚める。
タイミング悪くベックマンは立ち並ぶ店を見ていたらしく、シャンクスが今声を発した人物の姿を見たのはどうやらシャンクスだけらしい。

こんなところでそんな奴を見かけるとは思ってもみなかった。

―久々に会えたなら剣で経なく杯を交えたいところだ。
―そうだ、月見酒にでも付き合わせるか。

酒は美味い。
月見酒も、いつも見ない顔の奴と互いに知らない記憶を共有するのは"面白い"ことだ。

狙いを定めてしまえば足は思ったよりも真っ直ぐに足は狙った人物の元へと向かって行った。
確かちらついた影は薄暗い横道へ入った筈だ。
お頭?とベックマンの声も聞こえた筈なのだがもはやシャンクスの耳には何も入って来ない。

ただ普段は見ないあの仏頂面を拝んでやろうという気持ちが強かった。



「おーい鷹の目!」



言葉と共に首の後ろに手を回しながら背後から声をかければ、と思っていたがその様子が少しおかしいことに気付いたのは。
自分よりもはるかに小さい背丈、背中に掲げられた十字の剣は世界を覆い尽くす夜のような黒ではなく外の世界を照らす月のように白かったこと。

そしてなにより
開いている筈の固い胸板だと思っていたところにふに、と隻腕である右手の掌に柔らかい感触を感じたこと。



「どわぁっ!?」

『……貴様、赤髪か』

ひゅん、と早すぎて軌跡を読むことも困難であるほどの斬撃が飛んできた時、シャンクスの酔いは完全に覚めた。


『失礼な上に勘違いも甚だしいな』
「お前…っ!」

『避けなかった私も私だがとりあえず。今この場で先程の事を詫びてもらおうか』


自身を貫く金色の瞳は全くもって"鷹の目"そのものだというのに。
先程全部感じた違和感は目の前の存在に払拭されてしまった。

その答えは右手に感じた柔らかい感触に隠されている。


「エレーナ!」


それは探していた人物の実の娘であり。
こんなところで再会をするとは誰もが思っていない出会いだった。





赤い髪、黒い夜、白い月

(…貴様は名を呼ぶ前に詫びろ)