『またやっちゃった…』



倉庫の隅で座り込み、立てた膝に顔を埋めて蹲っている小さな体。
ふわりと揺れた癖のある黒い髪が肩から滑り落ちて表情の一角を柔らかくブロックする。
だが声の声色からなんとなく良い表情をしていないことはわかりやすく、一目瞭然ならぬ一聞瞭然とも言おう。
白ひげ海賊団にあまり似つかわしくない少女、エリーの声は薄暗い倉庫の闇に溶けていった。
そもそも誰かに聞かすつもりでもなかった声はそれを発したエリー自身ですらただ消えることを望んでいた訳だが。

やっちゃったという言葉には数分前のキッチンでの悲劇が頭を過る。
燃え盛る炎は自分の父から継いだ美しい赤だったと言うのに。
自分の掌に灯った炎は見事に黒い物体と小さな悲劇を生んだ。

はぁ、と小さな体から吐き出した小さなため息が倉庫の中の良いとは言えない空気に溶けた。
しかしそのため息が自己の存在を主張するものとなってしまったようだ。


「…エリー?」


びくりと震わせた体。
倉庫の中でも積まれた箱の影に隠れており、正直見つかるはずもないと思っていたがタイミング悪くため息の声が聞こえたらしい。
この船に乗っている女の声だなんて2択しか選択肢がなくこんなことをするお嬢さんは現在には1人しかいない。

だが声で判断できるのは相手だけではなくこちらも同じ。
上げた視線に交わったのは少し気怠そうな瞳と特徴的な髪型。


『まっ、マルコ!』

「なにしてんだよいこんなところで」
『…えっと……反省、会…?』
「1人なのに会なのかよい」
『だ、だって…』


先程よりも更に膝に顔を埋めれば言葉の語尾が自然と小さくなる。
そして思い出すのは何度かため息を吐いた数分前の出来事で。


『…さっきまた火の加減ができなくて…サッチのリーゼント焼いちゃったの』


軽く焦げたアイデンティティを涙目で抑えるサッチの姿が色んな意味で頭から離れない。
もうすぐ新しい島に着く。だからなくなったら困る燃料の削減にとエースがこうして火の係をすることは今までも少なからずあった。
今回はその矛先がエリーに向いただけ。
するとどうだろう、掌に灯っていた炎が暴れ出し飛び火した火がサッチに着火。
慌てて消化した時には既にサッチのそれが若干残念なことになっていたのは言うまでもなく。

それからごめんなさいと謝って逃げて来て、今の現状に至る訳だ。

確かにエリーの性格からして罪悪感の災厄に巻き込まれるのはわかる。
だが燃えたのはフライパンとそれで炒めようとしていたもの(既に過去形)、そしてサッチのリーゼントだけだ。
別に誰が怪我をしたでもなくむしろ笑いの種となってしまったわけだが。
気にしなくてもいいことを気にしてしまうのは母親に似てしまったのだろう。

俯いているために見える黒いつむじに向かって掌を落としたマルコはぐしゃぐしゃとエリーの髪を乱した。


「…サッチのリーゼントぐらいいくらでも焼いとけ」
『だ、ダメだよ!髪は大切にしなきゃ!』
「……おいエリーお前どこ見ながら言ってんだよい」
『マルコの髪』

「(………エルに似て心配性なんだかエースに似て馬鹿正直なんだか )」


純粋なまでの瞳で言われてしまえば怒る気力もなくなる。
全く両親の変なところを受け継いだものだ、とマルコは複雑な気持ちになりながらも幸せそうに笑っているあの家族を見ては何も言えなくなるのが現実。


「とにかく、火を頼んだのはサッチなんだろい?」
『そうだけど…』
「なら失敗したって気にするな」

『…サッチ怒ってないかな?』
「あいつもそんくらいで怒るような奴じゃねーよい」
『…うん。そうだね!』


よし!と立ち上がったエリーの表情に、もう曇りなどなかった。

こうして立ち直りが早いのは父親似。
でも振りまく笑顔は母親似。

もう大丈夫かと立ち上がっても自分より随分と下にある頭を撫でる。


「俺相手に炎の制御練習でもするかい?」

『え?でもマルコに…』
「俺に炎が効くと思ってんのかよい。誰だと思ってんだ」
『あ、そっか』


赤と青の2つの炎が甲板に火をつけ、一同が大騒ぎするまであと数十分。