船の上で生活をしていると、1つではないが困ることは少なからずある。
今回はその典型的な困ること。
食料が足りないなど何か積んでいるものが足りなくなる現象。そして

大事な日が近付いてきているのに島に上陸ができないと言う事だ。


『どうしよ、エミル。母の日今日だよ?』
『そんくらいわかってるって!っつってもしばらく海の上だし…』
『マルコが次の島はあと一週間はあるって言ってたから私がストライカー出すわけにも行かないし…ね』

『『う〜ん』』


頭をひねり出すこの船の中では飛び抜けて若い2人組。
悩ましげな表情叱り、とても酷似している箇所のある2人は双子の兄妹だった。
現在2人のうちどちらの部屋かにいるかは内装を見れば一目でわかる、シンプルながらも少し可愛らしい内装だ。

双子の妹エリーの部屋で行われている秘密の会議の内容を知る者はいない。
というより、男ばかりで女などエリーとその母エル以外にはいないのだから母の日など関係があるのはこの2人ぐらいである。
親父と息子は嫌ほどいると言うのに、感謝する母が彼女しかいないとは、とむさ苦しい船を嘆くのはこの際なしにしよう。

本日の主役、感謝すべき母がいるということにまずは感謝しなければならないのだがきっと当の本人はそんな事気にしはしないだろう。
あくまでも子供のエゴでしかないその行動ではあるが何かをしたいと言うのがエリー、そしてエミルの気持ちだった。


『こんなことなら前の島で用意しとくんだったな…』

『でもこんなに次の航海が長くなるとも思ってなかったし…まぁしょうがないよ』
『じゃあ次に島に上陸してからか?』
『やっぱりそうするしかないのかなぁ……』


「お前ら!そう思うには早いぞ!」


うーん、唸り声をあげて2人で顔を見合わせているとなぜかこの場にはあり得ない第3者の声。
誰だと認識を視覚でする前に聴覚だけでその人物が誰かを特定するのには2人には容易いことだった。


『パパ!』「親父!」

「おう」


ニカッと眩しい笑顔を向けて現れたのは2人の父、ポートガス・D・エースで。
ノックしてから入ってよ!というエリーの言葉を悪ィ悪ィと受け流し、どかりと床に座り込んで何事もなかったように話を続ける。
秘密で計画をしたかったからこの女部屋であるエリーの部屋を選んだのに、どうやらこの鈍感な父には分かっていないようだ。


「で、だ2人共。どうせ何も用意できてねぇだろ?」

『…うん』
『親父は何か考えあんのか?』

「あぁ。丁度2人の力を借りなきゃできねぇ事だ」


そしてエースは2人に話し出す。
実行は月夜がこのモビーを照らし出す夜。

それは愛する妻の、大事な母の笑顔が見たいがために行われる親と子の小さな秘密だった。











大きなモビーの船内で母の姿を探し、見つけたと大きな声を上げれば揺れるこの船でたった1人の女性である母の姿。
どうやらマルコが引き留めていたらしく、しかしなんとなくそれを分かっていた大人の余裕を見せたマルコから連れてっていいよい、とお許しも出たところで2人はガシッとエルの両腕を引いて行った。


『え、え?二人してどうしたの?』

『『いいから早く!』』


息がピッタリな双子の娘と息子の姿に思わず長い廊下を走りながら笑みが漏れた。
両腕を引っ張られる手はこの船の中では酷く小さく感じる。

エリーの黒髪に、エミルのテンガロンハットに。それぞれに感じる愛する人の面影はやはり口元が緩むもの。

モビーの広い甲板にはやはりというか、その面影を感じる人が夜など感じさせない陽だまりのような笑顔を向けて立っていた。


「やーっと見つけたか」
『もう!そう言うんだったらパパも一緒に探してくれればよかったのに』
『そしたら途中で寝るのが関の山だと思うけど…』

「まぁ細かい事気にするなって!」

『エースさんまで…一体何をする気なんですか?』


エルの言葉に3人は顔を見合わせて笑った。
その笑顔の似ている事似ている事。



「エル、今日何の日か知ってるか?」
『…今日?』

『……やっぱり忘れてる』
『エリー予想通りだな』
「ハハッ、いいんじゃねぇの?」
『?』


まぁ見てろと言わんばかりに3人が甲板の先端へと歩を進める。
エミルの手にはとある誕生日にマルコに貰った杖。
その杖はエルから受け継いだ"力"を発揮するためのものだ。

普段では戦闘以外では使わないそれを持ち出してくる理由が見当たらない。
スッと息を吸ったエミルの口から紡がれる言葉はエルにも聞き覚えのあるそれ。



『氷の刃よ、降り注げ

アイシクルレイン!』



パキ、と大気の水分の一部が固まり、氷の刃が空へ浮かぶ。
一体何を思ってそんなことをと思っていると今度はエースとエリーの手から放たれる小さな灯。



「『蛍火!』」



弾けるように空へ浮かんだ氷柱が蛍火に砕かれ、月明かりが砕けた氷を照らす。



『……綺麗、』



ぽつりと漏れた本音は小さく空に溶けていく。
きらきらと輝く結晶。
しばらく空から視線が離せなくてずっとその様子を見つめていた。

この3人だけにしかできない、プレゼント。
頭を捻って考えたこのプレゼントを、彼女は何とするだろう。


「エル、今日はな」

『『ママに(母さんに)感謝する日!』』


3人同時の抱擁に思わず泣きそうになった。
しかし花が咲いたように笑う4人の笑顔は本当にそっくりだったとかなんとか。




月夜の元、貴方に愛と感謝の証を