おそ松:おはよ。
おそ松:ボディーガード、どうする?
おそ松:なんなら迎えに行くよ
朝起きて携帯を確認すると数分前に松野くんからLINEがきていた。2日目から朝も迎えにきてもらうなんてそんな図々しいことお願いできるはずもなく。
『ううん、大丈夫。ありがとう』
やんわりと断りのLINEを入れて、私は学校へいく準備をし始める。ちょうど顔を洗いに下へ降りたとき、ベッドの上に置いてあった携帯が鳴っていた。着信宛は「非通知」ということを、私はまだ知らない。
*
制服に着替え、特に携帯を開くこともなく鞄の中へ仕舞って私は玄関を開けた。さすがに11月にもなると朝も夜も冷え込む。コートにマフラーという重装備で私は駅へと歩き始めた。
「(……まあ、もちろんいるよね)」
昨日の今日で都合よくストーカー撃退★なんてことあるわけもなく、一定距離を開けてその気配はついてきていた。昨日のようになるのはいやだなあ、なんて思って私は少し歩く速度をあげる。すると気配も一緒になって早めるので何度思ったかわからない気持ち悪さを感じて終いには走ることになった。駅に到着すると、そこには松野くんがいて。
「よっ」
「お、おはよ……!?」
まさかいるなんて思ってなかった私は、思わず声が裏返ってしまった。だ、だって学校でも会えるかわからないと持っていたのに。
「なんだよーLINE見てないのかよー」
「へ?LINE……?」
慌てて携帯を取り出すとLINEの通知があった。松野くんとのトーク画面を開くと、
おそ松:ん、そか。
おそ松:いやでも駅まで迎えに行くわ
と入っていた。ああ、この時間家から出るときだ。ごめん、松野くん……!
「俺も昨日の今日で、おせっかいかなとか思ったんだけどこれも何かの縁だろ?」
「……うん、ありがとう」
本当のことを言えば、駅までの道のりはすごく心細くて怖かった。昨日のようになるんじゃないか、なんて考えただけで怖くて。
「あんまり無理するなよ」
「ありがとう。……松野くんは優しいね」
「全然!俺こういうこと言ってるのも下心からだし!」
「ふふっ。そうやって言っちゃうんだ?」
「あああ!俺のバカ!」
なんというか、こんなにまっすぐな人ってなかなかいないんじゃないかなって思う。松野くんがこうなら、他の兄弟はどうなんだろうって思ってしまう。いつか話してみたいなあ。
「んじゃ、いこうぜ」
「うん!」
今日も揺れる赤いフードを追いかけて、電車へ乗りこむ。いつもはギュウギュウで苦しいほどなのに、なんでか今日は全然苦しくなくて。
「……松野くん?」
「キツいよなあ、なんで朝からこんな混み合いなんだよー」
扉側にいる私は、松野くんが前にいて壁になってくれているみたいだ。さっきから「いてえ!足踏まれた!」「おい!尻触ったの誰だよ!」とか言ってるけど、私にはまったくなくて。こういうの、優しさっていうんだろうな。
「ねえ、コンビニ寄らない?」
「ん?なんか欲しいものでもあんの?」
「うん、松野くんはなんかいらない?」
「あー、炭酸飲料欲しいな」
「何が好きなの?」
「俺はファンタ!グレープもオレンジも」
「そっかー!」
駅までの道にコンビニがあるから、そこでファンタを買おうと考えた。こんな小さなことしかできなくて、ごめんね。
「最近寒いよなあ」
「そうだねー」
私の駅から学校の最寄駅まで4つしかないのであっという間だ。人ごみをくぐりぬけて高校へ歩き出す。ホームから出るとヒュゥと吹いた風が強く頬に当たって。私はコートとマフラーをしているから寒さをしのげているけど、松野くんは学ランの下にパーカーを着こんでいるだけでマフラーもなにもしていない。見ているだけで寒そう。
「……ちょっとここで待ってて!」
「え?」
急いでコンビニに入ってファンタと肉まんを買う。お金を払ってもはや奪うような形で商品を受け取ってコンビニを後にする。松野くんはガードレールに腰掛けて空を眺めていた。
「ごめん!あの、これ……!」
「ん?なにこれ」
「受け取って!」
「お、おう。ありがと?」
ガサリと袋を開ける松野くん。「うおお!ファンタ!肉まん!」なんて言って嬉しそうに手にとる。
「なあこれ、食べていいの?」
「うん!もちろん」
やった〜!なんて言って肉まんを食べ始める松野くんは、なんだか子供っぽくて。くすっと笑うと「なんだよー」とむくれる。
「ごめんごめん」
「うめー!ありがとな!名前!」
やっぱりちっとも気にしていない様子で肉まんを頬張る。……さきほどまでの恐怖はどこかへ行ってしまったみたいだった。
*
「……ん、や……」
「なんだよ、ここがいいのか」
「ひゃっ」
の。と手にかかれる。やけにくすぐったくて、やめてと言ったのに「変な声出すなよー」なんていうから何も言えなくなってしまった。私は意外と手が弱いらしい。ちょっとくすぐられたら「あはっ」なんて声が止まらなくなる。
なぜか松野くんは私の手を気に入ったみたいで、さっきからずーっと私の手を眺めていたり手の甲に文字を描いたりしている。何回か「楽しい……?」って聞いてみたら「んー」っていう生返事しかかえってこなかったのでもう聞かないことにする。
「んー」
「えっ、わっ」
ただ手を眺めていただけの松野くんが急に私の手をとって、指を絡めてくる。ひんやりとしてほっそりとした指が私の指の間に絡まってる……!
昼休みに、「放課後空き教室にこいよ」とLINEがきたので再びこうして空き教室にいるわけだが、特に何かするわけでもなくただただひたすら手を弄られている。別に私はいいんだけど、松野くんはこれでいいんだろうか。
「松野く」
「おそ松兄さん、ここにいたの!!って、え」
「うわ!?」
「え!?」
「お、おそ松兄さん……、な、なんで」
「トド松!うわ、まじかお前……!」
「僕に内緒で女の子と密会ー!?許せないー!」
「違ぇよバカ!」
少し焦っているように見える松野くんだけど、私の手は離さない。入口にいる人は本当に松野くんに似ていた。いや、彼も松野くんなんだろうけど。しかもずっと私の手を見ている。うう、恥ずかしい。
「しかもなんで手ぇ繋いでんの!羨ましい!」
「本音出てるぞ」
はぁ、もういいよーなんて言って彼は廊下を歩いて行った。
「……大丈夫?」
「ああ、うん。あいついつもあんなだから」
「そっか。ちなみに何男?」
「六男。末っ子だよ」
「そうなんだ!だから兄さんって呼んでたんだね」
「……あ、いいわ」
「え?」
「ちょっと、一回だけ”おそ松お兄ちゃん”って呼んで?」
「ええ!?」
一回だけ!一回だけだから!ね!!!
と念を押されて、負けてしまった。
「……お、おそ松お兄ちゃん……」
「…………」
ぽかんとした表情の後、カァァと顔が赤くなっていく松野くん。「あ、うん。ありがと」なんて素っ気なく言うけど照れ隠しなんだなってすぐにわかってしまう。
「……やっぱやめた方がいいわ、うん」
「?」
「よし!もう帰るぞ!」
「あ、うん!」
送っていくよ、と言われて言われるがまま送られることになった。これが日常になっていくのかな、って考えるとなんだかただ嬉しかった。
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