何度か遊びに行っている燐の隣の部屋のチャイムを廉造が押せば、中で人が動く気配がする。
そして、すぐに扉が開かれた。
「こんばんはー」
「志摩君?」
「どうもー。志摩です。酒でも飲みつつ、夕飯でも一緒にどうかと思いまして」
 廉造の登場に驚いたように僅かに目を見開いた雪男に向かって、いつものようにへらりと笑って、さっそく買いこんできた惣菜とチューハイの入った袋を目の前に持ちあげた。
するとそれを見た雪男が僅かに笑みを浮かべる。
「えぇ、そうですね。ちょうど夕食でも食べようと思っていたところなので。汚いところですが、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
 燐の部屋と同じ玄関で履いていた靴を脱ぎ、志摩は部屋へと入った。
 部屋は文句なしに綺麗で、いつもどこか少し散らかっている燐の部屋とは雰囲気が異なる。
 そして、やはり燐の心配は過剰だったのだと、思ったところで廉造の視線はリビングの机の上に縫いとめられた。そこにはインスタント麺のカップが一つ。
 そして、台所にあるゴミ箱からもインスタント麺のカップが見えている。
 しかも一つや二つではない。
 その数を見て、廉造は脳裏によぎった可能性をおそるおそる口に出した。
「若先生、まさか、ずっと三食インスタントなんでっしゃろか?」
「えぇ、そうですけど?」
 きょとり、と不思議そうにこちらを見ている様子から、何か問題が?と心底不思議に思っているであろうことが伺える。
 その様子を見て、廉造は今更ながらに燐があそこまで目の前にいる完璧を具現化したような雪男を心配していた理由をようやく理解した。
 それと同時に彼の心配が過剰ではなかったことを悟り、恋人に心の中で廉造は謝る。
「惣菜とか買ったりしませんの? それに三食カップ麺って飽きません?」
「別に飽きませんよ。色んな味がありますし。それにどうしても家庭料理的なものを買って食べてしまうとあまりおいしい気がしなくて」
 やっぱり兄の料理には敵いませんしねとどこか嬉しそうに惚気られて、(あくまで燐は廉造の恋人なのだが)カップ麺って普段食べてないと、たまにむしょうに食べたくなる時とかありません?と言う彼の言う言葉にまぁ、確かにと頷きそうになったところで、志摩はハッと我に返る。
「いやいやいやいや、さすがに三食カップ麺は体に悪いと思いますよ?」
「そうでしょうか」
 それから、廉造の買ってきた惣菜を食べたり、チューハイを飲んだりしつつ、雪男の燐がいない時の食事のラインナップを聞いて、廉造は決して酔いからくる頭痛とは違う種類の頭の痛さに頭を抱えたのだった。

      ***

勝負なんてもう決まっていたようなもんやけど)
 だって、あの滅多に我儘の言わない燐がさっきから必死に食い下がってくるのだ。
 もう廉造には駄目と言える筈がないではないか。
「……ええよ」
「本当か!?」
 ぱあっと瞳をきらきらさせた燐の尻尾がぶんぶんと左右に振られる。普段は猫のような印象の強い燐だが、なんていうかこういうところを見ると、わんこのようだと思う。
(はーかわええ)
 じんわりと小さな喜びを噛み締めているとありがとな、廉造!と嬉しそうに、燐が抱きつく。
 滅多にない燐からのスキンシップに廉造は天にも昇るような気持ちになる。
しかし、廉造の幸せはそう長くは続かなかった。
「じゃあ、俺、雪男にも話してくるな!」
「え?」
 もう? ていうか、二週間ぶりに会った恋人は放置? そんな切ない言葉を口にしようとした志摩の前から燐がすごいスピードでいなくなってしまう。
 あとには、燐を抱きしめようと中途半端な状態まで持ちあげた両手を持て余した廉造だけが残された。



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