志摩、誕生日おめでとう、とそう言って笑った燐が差し出したのは青い封筒だった。
先程彼から誕生日祝いだと、ケーキやら料理やらをたくさん振る舞われた為、志摩は何か渡されるということを一切想定しておらず、きょとんと彼をしばし見つめてしまった。
思わぬ出来事に数秒沈黙してしまい、志摩は慌てて笑みを浮かべる。
「え、何?奥村君から俺あてのラブレターなん?」
薄暗い電灯の下でいつものような軽口を叩くと、燐が淡く笑う。
それを見て心臓がどくん、と一つ跳ねる。それは胸が高鳴るようなそんな可愛らしいものではなかった。
心臓を鷲掴みにした感情は恐怖に近い。
てっきり馬鹿なことを言うなと返されると思っていた志摩には、滑らかな青の封筒が酷く恐ろしいもののように見えて、こくりと喉を鳴らした。
「志摩、受け取ってくれよ」
穏やかな声だった。底抜けの明るさを含んだ彼が出すにしては酷く違和感のあるその声を聞きながら、志摩が手を伸ばすと燐に手を捕まれて、いやがおうにも封筒を掌に乗せられる。中には封筒よりも僅かにだが色の濃い半分に折った便箋が一枚。カサリと音をたてたそれを震えそうになる指で開く。
中には見たことのあるような文字の羅列が三行、燐のどこか荒い字で書かれている。
勿論、そこには好きだの愛してるだの、そんな甘い言葉はどこにもなかった。
喉がヒュッという音と共に酸素を吸い込む。
これは何だ、とは聞けなかった。これが何だか、志摩は知っている。
知っているからこそ、今手の中にあるものを信じられず、凝視してしまう。
「致死…節……?」
ぽつりと呟いたその言葉に、燐が嬉しそうに笑う。
それを志摩は頭を鈍器で殴られたような気分になりながら見つめる。
これがサタンの致死節だとでも言うならば、志摩はそれを喜んで受け取っただろう。
しかし、これは違う。そんな世界を救う可能性を秘めたものではない。

「そう、俺の致死節」

まるで今日の夕飯のメニューを告げるかのように紡ぎだされた答えに志摩は声を忘れる。
喉がカラカラに枯れて、皮膚が張り付いているような感覚。彼が先程振る舞ってくれた甘く、柔らかだった極上のショートケーキの味が思い出せない。
視界がぐらぐらと揺れて気持ちが悪い。
「な、んで、こんなもん…」
なんとか搾り出した声でそう問い掛けることしか出来なかった。
「俺が、もし青い炎を制御出来なくなった時はそれを使って欲しいんだ。きっと志摩なら、最後の最後で躊躇ったりしないだろう?」
雪男は駄目なんだ、きっと躊躇ってしまうからとそう口にした燐の瞳は志摩の兄のような色を燈している。あぁ、これは家族を愛している者の瞳だ。
どんなに志摩が願ったとしても手に入れられないだろう彼の無償の愛が行きつく先に彼の弟がいる。それを何度羨んだだろう。それすらももう遠い記憶の彼方だ。
「…大事な恋人を手にかけろって言うん?」
酷い恋人やねと言えば、ごめんなと返される。謝らなくていい、謝って欲しくない。そんな言葉が欲しくて、言ったわけではない。
勿論、彼もわかっているのだろう。それなのに、敢えてそんな言葉を自分に向かって投げた。
そうだ、志摩は躊躇わない。級友達の中で最も卑劣に、そして非情になれるだろう。そのための笑顔だ。本心を心の奥底に隠すために身につけた。
けれど、心がないわけではないのだ。
軋む心臓を皮膚の上から掴むようにして、息を吐き出す。こんな時こそ、いつも通りの笑顔を浮かべたい。
そう思うのに、顔の筋肉が固まってうまく動かない。いっそ、このまま窒息出来ればいいのに、と思う。それか喉が潰れてしまえばいいと物騒なことを考える。
すると、まるで、タイミングを読んだかのように燐が唇を開いた。
「志摩の声に送って欲しいよ。俺、志摩の声が好きなんだ」
酷いと思う。
いっそ、死にたくないとでも弱々しく言ってくれればよかった。そうすれば、こんなただの紙、破って馬鹿やねって笑って頭をはたいてそれで終わりに出来たのに。
「燐」
「もし、その時が来たら、俺の最期は志摩が記憶してくれよ」
どうして側にいるだけの関係が許されないのだろうか。ただ、側で笑いあっていたいと願った候補生時代の夢は二人が自らの願いの為に力をつければつけるほど、叶わない夢物語になった。
それでもどうにかなるんだと信じていた。いや、信じていたかった。

「本当に酷い人やね、燐」

こんな、極上のラブレターなど、欲しくはなかったというのに。





君の好きはさよならの呪文

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