約束していた時間の五分ほど前に待ち合わせ場所に行くと見慣れた背が見えた。
「奥村君」
片手をひらひらとあげて声をかけると、僅かに尖った耳と黒いしっぽがぴくりとはねる。
「志摩!」
その様子が彼の使い魔であるクロとそっくりで思わず笑みがこぼれてしまう。
そんな自分の様子に僅かに首を傾げている燐になんでもないよ、と言ってから不意に志摩はある意味当然の疑問を口に出した。
「お待たせって奥村君、耳はともかく、しっぽ隠さんくていいん?」
視線の先でゆらゆらと揺れている黒い尻尾を指差せば、燐がけらけらと笑う。
「わざわざ旧男子寮の、しかも裏庭になんて誰も来ねーだろ。いまは煩い雪男もいねーし」
「まぁ、そうですね」
確かに、燐の言うことにも一理ある。
ようするに見つからなければ、いいのだ。
「んなことより、手合わせしろなんて、志摩にしては珍しいこと言うよな」
「俺も…鍛えんとって思おたんよ」
「そうなのか?」
そうそうと笑って返せば、とりあえずその答えで満足したのか、燐が笑う。
「よし、始めるか」
「そうですね」
志摩はキリクを取り出し、組み立てる。
シャンと金属が擦れて鳴る高い音がして、それに合わせて息を薄く吐き出した。
父親から渡されたキリクを持つと、身体から様々な感情が抜け落ちる。
燐も降魔剣をいつも入れている袋から取りだして構える。
「ルールは?」
「先に一本とった方が勝ちということで」
「負けた方はアイス奢りな」
「…じゃあ、行かせてもらいますわ!」
言葉と同時に志摩は地面を強く蹴り上段からキリクを振りかぶり、それを燐は受け止める。
勿論、こんな太刀筋で彼から一本をとれるとは思っていなかったが、随分と力を込めたつもりだったにも関わらず燐に簡単に止められてしまった。
そしてこのまま力の押し合いを続ければ、負けるのは志摩だ。
一歩大きく後ろに下がれば、燐が今度はしかけてくる。
上からたたき落とされるように仕掛けられたそれは強力だ。
しかしその一撃が脅威となるのはあくまでその力を正面から受け止めればという話の場合だ。
(奥村君も力で押すタイプやね…)
どちらかというと上の兄と同じかと頭の中で考えながら、一撃目は避ける。
燐の場合、まだ殺気だとかそう言ったものを隠せていない分、兄の攻撃よりも避けることは簡単だ。
燐も避けられることは予想していたらしく、動じることなく自然な動作で降魔剣を突き出してくる。
おそらくこちらが本来の一撃なのだろう。
防ぐことは不可能と瞬時に判断した志摩はすっと一歩踏み出し、手に持っているキリクで彼の剣を横からはらう。
「げっ…!」
思いがけない反撃に僅かに燐の意識がそれ、それを好機ととり志摩はそのままキリクで突きをくりだす。
燐の喉元の手前でキリクを寸止めし、数秒にらみ合うように視線が交わり、燐が薄く息を吐いた。
それを合図に志摩もいつも通りの笑顔をへにゃりと浮かべる。
「ん、俺の勝ちやね」
「あー負けた!志摩、お前何気に強いよな」
ちくしょーと声をあげて、燐が手に持っていた降魔剣を手から放り投げる。
「何気ってひどくない、奥村君?」
「だって、お前普段そんな強そうに見えねーもん」
ひどいわぁ、これでも小さい頃から兄貴達に容赦なく鍛えられとるんよ、と笑って右手を差し出せば、燐が自分の手に掴まって立ち上がる。
触れた手からじわりと柔らかな体温が広がって、なんだか心臓の辺りが痛む。
(あぁ、これは…)
その痛みを振り払うように、蝉が夏を惜しむようになくそのけたたましいその声に隠れるように、志摩はぽつりと呟く。
「なぁ、奥村君」
「ん?」
それでも返る声に、なんだか少しだけくすぐったさのようなものを感じながら志摩は笑う。
「これで俺もあのランキング入ります?」
「ランキング?」
ぱちりと不思議そうに瞬く燐に志摩はかっこいい男ランキングですよ、と苦笑をこぼす。
一応勝呂とは違う部分でだが、自分もかっこよさをアピールしたつもりだ。
せめて最下位だったとしてもランク内には入っておきたい。
「………あー、お前はまだ選外だよ!」
しかし、現実はそう上手くいかない。
ふんと横を向いた燐の予想していた通りの答えに、志摩は肩をわずかに落とす。
「そんな、ひどいわ。奥村君」
けれど泣き真似をしながら視線を投げると、彼の黒髪からわずかにのぞく尖った耳が真っ赤に染まっていたから、とりあえずはよしをすることにした。





んじゃ、約束だし、アイス奢るぞ

んーそれやったら、俺、奥村君の手料理のがいいですわ

2人がこうやってじゃれていてくれたらいいな、という妄想から生まれたお話

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