奥村燐という少年は約束をしない。
そのことに志摩が気がついたのは彼の出生の秘密を知ってしばらくしてからのことだった。
勿論、約束を全くしないわけではない。
明日、三日後、一ヶ月後、そういった期間の決まった約束ならする。
けれど「いつか」とか「将来」という言葉が出ると途端に彼は笑いながらもするりとその話題を避けているようだった。
「なぁ、奥村君」
授業後の教室。
他の学友達は帰路に着いていたが、なんとなく二人で教室に残っているときに志摩は胸の内にしまいこんでいたその質問を思い切ってぶつけてみることにした。
「ん?なんだ?」
にこにこと笑う燐の瞳を見つめて、言葉を紡ぐ。
「奥村君はなんで、約束しないん?」
その瞬間、びくりと燐の肩があからさまに震える。
まるで逃げようとするように席から立ち上がった燐の腕を掴んで、じっと見つめれば燐が参ったとでもいうように薄くため息を吐き出した。
「………いつ、気がついたんだ?」
「ここ、最近ですわ」
前から話している時に違和感を感じることはあっても、それの正体は掴めずにいた。
違和感の正体に気がついたのはここ二、三日の間のことだ。
「志摩は本当、そういうとこ鋭いよな」
ふっと肩の力を抜くように笑った燐の顔は今にも泣きそうだった。
少なくとも志摩や、他の候補生達は殆ど見たこともないような表情だろう。

「俺、1番大事な約束があるんだ」

ポツリとそう呟いて自分の胸にトンと右手の親指を軽くあてて、燐が笑う。
ゆらゆらと揺れる声が言葉を形作る。
それをじっと志摩は無言で聞き続けた。
「俺さ不器用だから、いくつも器用にこなせないし、それに………」
燐の瞳が音もなく揺れる。

「絶対に、悪魔になんかなるもんかって思うけ…ど……」
「奥村君」とっさに腕を広げて、抱きしめる。
その顔をまだ自分は見てはいけない気がした。
彼の柔らかい部分に自分はまだ、土足で踏み出すことを許されない。
「怖いんだ。交わした約束を破る日がくるんじゃないかってそれが、怖い…!」
背中に回された手が志摩の制服を強く握る。
彼が最も恐れているのは自分自身だ。
人から受ける中傷も恐怖も笑い飛ばしていた彼が最も自分を恐れている。
しかし、彼の生い立ちを聞いてしまった今だからこそ、簡単でありきたりな慰めを口にすることはできなかった。

しばらく志摩の制服を握りしめて黙っていた燐が顔を上げた時にはもういつもの彼の笑顔がそこにあった。
「なんてな。ちょっとたまに思ったりするんだ!あ、俺が弱音を吐いたことは皆に秘密な」
今度俺の手料理驕るから、絶対に秘密だぞと笑いながら燐が志摩の制服を掴んでいた手を離して、ドアへ向かって歩いていく。
「志摩?帰んねーの?」
「帰りますよ。奥村君、置いてかないでください」
「ははっ。わりぃわりぃ。んじゃ、帰ろうぜ!」
そう言って笑う燐の声を聞いているのに、志摩の脳裏に燐の弱々しい声が焼き付いて離れなかった。



お互いに意識し始める前の二人

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