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「お前は馬鹿か」
「あぁ?」
いきなり言われた一言。
なんで馬鹿者呼ばわりされるのか分からず、文次郎は顔を不機嫌そうに歪めた。
確かに『鍛練馬鹿』とは言われるが(実際今から鍛練に行くところだった)文次郎が鍛練をやりに行くのはいつもの事だ。
今更『馬鹿』とは言われたくない。
「お前、徹夜4日目だろう。いくら徹夜が趣味だとしてもそろそろ休め。」
仙蔵のその言葉に呆気にとられ、文次郎は暫く動けなかった。
だって有り得ないだろう?
仙蔵から気を遣われるなど今迄有った事など一度も無いのだから。
「何を間抜け面をしている。」
変な顔が更に変な顔になっているぞ?と厭味な笑みを浮かべながら言う仙蔵はいつもの仙蔵だ。
その事に少しの安堵を感じ、文次郎は肩の力を抜く。
「趣味じゃねぇ!それに、余計なお世話だ、バカタレ。4日なんてまだまだ余裕だ。」
言い返してやると、仙蔵はまた呆れ顔になり、溜息までついた。
まだ何か有ったかと暫く考えては見るが思い付かない。
「お前は手首は大丈夫だったか?」
「手首?」
仙蔵に言われて思い出した。
一週間前の事だ。文次郎はいつものように留三郎と喧嘩をしていた。飛んできた武器を躱す際にバランスを崩し、手首を捻ってしまったのである。
忍者になるものが全く情けないと、文次郎は更に鍛練をしようとしたのを伊作に止められたのだ。
だが今は何とも無いし、新野先生にも軽い鍛練ならしてもいいと許可を貰っていた。
その事は仙蔵も知っていた筈だが……。
「……仙蔵、一体どうしたというんだ?お前今日はおかしいぞ?」
気味が悪い。正直にそう言うと殴られた。
「察しろっ!馬鹿っ!」
「なんだと!?訳が分からん!!きちんと言葉で説明しろ!」
何が何だかよく分からないが、仙蔵が何かを察してほしいのは分かった。
だがそれが分かった処で何かが分からないのだから意味は無いのだが…
「あぁ、もう!鈍感だな!お前は!」
仙蔵にいきなり手を引かれ、文次郎はバランスを崩す。
倒れると思い、咄嗟に目を瞑って衝撃に耐えようとするが、体に伝わったのは温かな感覚だった。
文次郎は自分が仙蔵に抱き付いていると理解し、離れようと身を捩るが仙蔵の腕が背中に回り離れる事が出来ない。
「は、離せっ!仙蔵っ!!」
暴れて離れようとするが意外と仙蔵の力が強く、なかなか離れることは出来そうにない。
「たまには、2人で一緒に居たいんだ。」
「は?」
一瞬、仙蔵が何を言っているのか分からなかった。
それ程までに突拍子も無い事で、仙蔵がそんな事を言うとは思えなかった。
「今日は私とくっついていればいいんだ。お前は。」
背中に回っている腕に力が入る。そうなると仙蔵と密着するようになって、文次郎は恥ずかしくなり顔に熱が集まるのを感じた。
「きょ、今日だけ、だからな…」
顔が赤いのがバレないように、仙蔵の肩口に顔を埋め、仙蔵の背中にそっと腕を回した。
END
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