一期一会

 晴れた午後。青い空が広がり、ところどころに白い雲が浮かんでいる。太陽も優しい日差しで木々たちを照らしている。
 森のとある場所で、彩葉と煉が何か話していた。煉は背中に竹篭を背負い、彩葉は手で持てるサイズの竹篭を持っていた。
 二人が会話をしていると一人の青年がやってきた。
 前髪をヘアバンドで束ね、後ろでまとめた黒い髪。頭には熊の耳が生えていた。目つきはとても鋭く、見たものを射殺してしまいそうな眼力をしている。深い藍色の忍服を纏っていた。
 彩葉は青年に気づき、声をかける。
「あ、藤吾」
「おそいぞー」
「遅くなってすいません」
 青年――藤吾は二人に対して頭を下げる。
 藤吾は鬼熊と呼ばれる妖怪だ。
 鬼熊は生きていた熊が長年生き続け、妖怪へと変貌したものだ。鬼熊は夜活動する生き物だが、藤吾は森で豊富な生き物が取れるため昼に活動するようになったらしい。
「藤吾も来たし、そろそろ行こうぜ」
 煉が歩き出すと彩葉と藤吾も後ろから続く。
 三人が集まったのは、彩葉と煉は山菜を採るため、藤吾は獲物を狩るためだ。昨日の夜、藤吾が山菜を分けてほしいと尋ねてきた。昔のよしみもあり了承する代わりに、肉を分けてくれと煉は申し出た。話し合いの結果それぞれ採った物を半分づつ分け合おうということでまとまった。
 森の開けた場所に出る。そこにはちいさな切り株が立っている。
 煉が振り返り、藤吾と彩葉を見る。
「じゃあ、終わったらここに戻ってくるってことでいいな?」
「うん」
「了解っす」
「藤吾。肉のほう期待してるぜ」
「怪我しないようにね」
「大丈夫だ。じゃあ、いってくる」
「おう」
 藤吾は森の中に入っていく、彩葉と煉もそれぞれの場所へと向っていった。
 彩葉は別の場所で山菜を取っている。山菜の知識は兄から教えてもらったおかげか、食べられる山菜の区別は付いている。
 ふっと地面を捜索していると、代わったキノコを見つけた。薄黄色く鞘の部分が真っ白だった。
「変わったキノコだなぁ。……コレって食べられるのかな?」
 山菜について教えてもらったが、きのこについてはまだ教えてもらっていなかった。木の幹に生えている木の幹に手を延ばし、竹篭のなかへと入れる。
 彩葉はキノコを採るのに気づいてなかった。
 彼女の後ろに小さな生き物が居ることに。
 
 時間が過ぎ、集合場所戻っていたのは煉だった。
 切り株に座りながら藤吾と彩葉の帰りを待っている。煉の竹篭の中にはたくさんの山菜が入っている。
 軽くあくびをした。ほうけながら、藤吾と彩葉の帰りをじっと持っている。
 がさりと藪から音がする、目を向けると藤吾が出てきた。鹿の死体を肩に抱え込んでいる。
 藤吾は切り株に座っている煉へと近づいた。
「お帰り。鹿を狩ったのか」
「偶々居合わせたんで、狩らせてもらいました」
「じゃ、その鹿肉の半分と俺と彩葉がとってきた山菜を交換だな」
「っすね。……彩葉は?」
 藤吾は煉の辺りをキョロキョロと見回す。
「まだ帰ってきてねぇんだ。どうしたんだろうな?」
 煉が首を傾げる。
 徐々に足音が聞こえてくる。彩葉が藪の中からでてきた。
「お待たせ!遅れてごめんね」
 彩葉が煉と藤吾が居る切り株まで近づく。
 煉は切り株から立ち上がった。
「ようやく戻ってきたか。山菜、取れたか?」
「うん。珍しいキノコも取れたよ」
「どれどれ?」
 彩葉が持っている竹篭を煉は除いた。竹篭の中には緑色の山菜と、先ほど採った薄黄色いキノコがあった。
 キノコを手に撮り、煉は顔を顰めた。
「彩葉、このキノコは駄目だ。毒キノコだ」
「え!? これ毒なの!」
「ああ。普通のキノコに見えて毒性の強い奴だ」
「うわー、ごめん! そんなに危ないキノコだったんだ」
「キノコはまだ教えてなかったからな。コレは捨てて来い」
「うん、わかった」
 キノコを捨てようと、煉と藤吾に背中を向ける。
 彩葉の背中を見た瞬間、藤吾と煉は驚いた顔をする。
 歩いていこうとする彩葉を藤吾は急いでとめた。
「ま、待て彩葉!」
「ん? 何?」
 彩葉は二人のほうへと体を向ける。
「ちょっと後ろ向け」
「なんで?」
「いいから!」
 藤吾に言われ、彩葉は首をかしげ背中を向けた。
 二人は彩葉の背中を凝視する。
 彩葉の背中に奇妙な物体がくっついていた。茶色い長髪に猫の耳が生えている。生き物は背中にペッタリと張り付いていた。
 思わず藤吾と煉はお互いの顔を見合わせた。
 二人が無言になったので、彩葉は不安そうな声を上げる。
「な、なに?わたしの背中に何か付いてるの?」
「付いてるというか引っ付いてる?」
「どういうこと!?」
「落ち着け、今とってやるから」
 藤吾は物体に近づき、両手で体を掴み剥がした。藤吾はくっついていた物体を正面に向ける。
 腰までの長髪で、前髪は目元を隠すくらいに長い。茶色いネコミミがピンと立っている。服装はオレンジ色の着物で赤色の帯を巻いていた。体系はとても小さく、彩葉たちの足元ぐらいの小ささだ。
 くっついていた子供が首をかしげた。
「うゆ?」
 藤吾の隣にいる煉はまじまじと子供を見つめた。
「……なんだ、こいつ」
「さぁ? 猫っすかね?」
 背中を向けていた彩葉も、子供を見て驚いた声を出した。
「この子が背中にくっついてたの!?」
「気づいてなかったのかよ」
「いや、こいつけっこう軽いから背中にくっついてもわかんないと思いますよ」
「ゆー、ゆー」
「あ、おい、暴れるな」
 藤吾に抱っこされていた子供は手足をばたつかせ暴れ始めた。藤吾が手を離すと、地面に着地し、ぽてぽてと足音を出しながらに彩葉の後ろに隠れる。
 彩葉は足元の子供を見た後、藤吾と煉に顔を向けた。
「どうしよう?」
「……とりあえず、神無に聞いてみようぜ」
「っすね」
 何らかの困ったことがあったら地主神である神無に聞く。森の暗黙のルールでもあった。
 神社へと移動すると、神無が本藤の階段でキセルを吹かしていた。キセル吸い込み、口から白い煙がでて、空中へと浮かんで消えた。。
「神無」
 煉が声をかけると、神無が気づいた。
「あ? 煉と藤吾と彩葉じゃねぇか、どうした?」
「実は……」
 煉は神無にさっきであった子供の話をする。
 神無はアゴに手をやり、納得したかのように頷いた。
「なるほどな。さっき森で生まれた気配がしたのはそいつか。で、そいつは?」
「ここにいるよ」
 子供は彩葉に抱っこされている。彩葉の胸にぎゅっと抱きついていた。
 神無は立ち上がり、子供の頭に手を置いた。
「なるほどな、こいつは猫叉だ」
「猫又?」
「ああ。それも、子猫から猫又になったみたいだ」
「子猫から? 猫叉って長年生きた奴がなるようなもんじゃないのか?」
 猫又――日本の猫の妖怪。猫叉とは二種類いる。一つは山の中で獣といわれるもの、もう一つは人に飼われ年老いた猫が化けたものだ。
 神無は頭から手を離す。
「普通はな。ただ、猫の中にも強い思いで猫叉になる奴もいるんだよ。この子猫も何らかの未練で猫叉になったんだろうな」
 先ほどから黙って聞いていた藤吾が口を開く。
「なんでその猫又が、彩葉に懐いてるんっすか?」
「それは俺にもわからねぇな。本人に直接聞いてみろよ」
 神無に促され、彩葉は子猫に聞いてみることにした。子猫の言っている言葉は分からないが、心を読めばなんとかなるようだ。
「ねぇ。なんで私にひっついてるの?」
「ゆー、うゆゆー」
「え?」
「なんていったんだ?」
「……お母さんと同じ匂いがするって」
「母親と?」
「うん。だから、私はお母さんなんだって言ってる」
 子供は嬉しそうに彩葉の胸元に顔を摺り寄せる。彩葉に懐いていることは明確だった。
 子猫のほうをむいていた神無は、煉へと体を向けた。
「で、どうする?」
「どうするって」
「そいつの処遇だよ。お前等とはさっき出会ったばっかだし、育てる義理もねェだろ」
「……」
 彩葉はじっと猫又を見つめる。猫または少し不安そうな表情で彩葉を見つめていた。神無の言うとおり、彩葉と煉は子猫の保護者ではないので育てる必要は無い。森には沢山の食べ物があるから放置しておいても勝手に生きていくことは出来るだろう。
 猫又は不安げな雰囲気で彩葉をじっと見つめている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
 彩葉が口を開く。
「なんだ?」
「この子を家で育てられないかな?」
 彩葉の申し出に、煉は驚く、
「この子、生まれたばかりだし家族もいないから。――一人ぼっちは寂しいよ」
 彩葉の言葉が煉の頭で繰り返される。その言葉は過去に煉自身が見に感じていたことだ。

「ひとりは、さみしい?」

 過去のことを思い出し、煉は少しだけ苦笑する。
 彩葉を見ると髪の隙間から不安げな瞳で煉を見つめていた。
 煉はわざとらしいため息をつく。
「可愛妹の我儘を聞けねェ程、心は狭くないぜ?」
「じゃあ」
「ああ。そいつを家で育ててやろう」
 彩葉の顔が明るくなり、猫又も嬉しそうに笑った。彩葉は子供に頬すりをする。
「よかったね、ぷち。お兄ちゃんが一緒に住んでいいって!」
「うゆー」
「ぷち?」
「この子の名前。ちっちゃいから、ぷち」
「安直」
「単純だな」
「もっとひねりの聞いた名前はなかったのか」
「ひどい!! ぷちも気に入ってるからいいじゃない!」
「うゆー」
 猫又は嬉しそうに手をぱたつかせる。彩葉の言うとおり、名前についてはお気に召した様子だ。
 一旦神社から出て、藤吾に肉を捌いてもらい、判れる事になった。藤吾は用事があるらしくぷちを紹介するのには付いていけないようだった。
 二人は森の中を歩いていく。
「とりあえず、ぷちを他の奴等に紹介しとくか」
「そうだね」
「おっ」
 目の前を見ると、煉や彩葉にとって見慣れた人物の後姿が見えた。
 煉はその人物に話しかける。
「おーい、桐野ー」
 声をかけられた人物は振り向いた。
 黒色の短髪に黒色の瞳。無地のTシャツを身に纏い、ジーンズを着用している。頭には狼の耳が生えており、下半身にはふさふさとした黒い尻尾が生えている。背丈は煉より少し高く体格も少しだけがっしりとしていた。
 彼は桐野、煉と彩葉の知り合いの狼男だ。
「煉、それに彩葉さん」
「こんにちは」
「よっす。いい所に出会ったな」
「いいところ?」
「実は新しい妖怪を紹介しに来たんだよ。こいつはぷち、今日から一緒に住むことになった猫叉だ」
「ぷち、ご挨拶をしようね」
 彩葉に抱きついていたぷちが桐野のほうに体を向ける。
 しかし、匂いをかいだ後、背中を向けてしまった。ぷちの様子に彩葉が首をかしげる。
「ぷち、どうしたの?」
「うゆー……」
「なんて?」
「血の匂いがするから怖い、だって」
「血? 桐野、もしかして狩りをしてたのか?」
「ああ。さっき肉を捌き終わったところだ」
 桐野も藤吾と同じく動物を狩りながら生活している。先ほども、二匹の兎を狩り終えたところらしい。
 煉はなるほどと理解する。
「だから怖がってんだな」
「大丈夫だよ、ぷち。桐野さんは怖くないよ」
「ゆーゆー」
 ぷちは首を左右に振る。血の匂いに恐怖があるのか、一向に桐野のほうを見ようとしない。
 彩葉は困った顔でおろおろしながら桐野に謝った。
「す、すいません桐野さん」
 桐野は苦笑を見せる。
「気にしてねぇよ。彩葉ちゃんが悪いわけじゃないんだし」
「そういいつつ、お前へこんでんだろ」
「な、いきなりなんだよ! 何を証拠に」
「尻尾が垂れ下がってるから」
 煉が指を指す方向を見ると、桐野の尻尾が垂れ下がっていた。本体は感情を隠せても、尻尾は隠し切れないのだろう。
 桐野は慌てて煉に背を向ける。図星だったのか、恥かしそうに顔を赤らめながら怒鳴った。
「べ、別にへこんでねェよ!」
「はいはい、へこんでないへこんでない」
「ニヤ付いた笑みで言うなー!!」
 ぎゃーぎゃーと二人は言い争いを始める。ぷちはオロオロした様子で忙しく二人を見つめ、彩葉は困ったような笑みをを浮かべている。
 桐野と煉の言い争いはいつものことだった。煉が何かの拍子に桐野をからかい言い争いへと発展していく。お互い本気で喧嘩をしていないからこそ見守ることが出来るのだろう。
 その時、声が聞こえた。
「彩葉ちゃーん、煉さーん、きりのーん」
「お」
「七音ちゃん」
「……うゆ?」
 ぷちは周りをキョロキョロと見回す。声が聞こえたはずなのに、声の主が現れないことを不思議に思った。
 ぷちの様子を見た彩葉が笑い、地面へと下ろす。
「探してごらん。すぐ近くにいるよ」
 ぷちは周りを忙しなく見渡す。
「こっちだよー」
 声はぷちの足元から聞こえた。
 ぷちが下を見るとそこにはちいさな少女がいた。
 茶色い短髪にくりくりとした黒い瞳。三角の帽子を頭に被り、白いエリが付いた薄緑色をした厚手の服を着ており、赤いズボンを履いていた。身長はプチより小さく、十センチ程度だ。
 ぷちは驚いた声を出す。
「うゆ!」
「えへへ、おどろいたー?」
 女の子は悪戯が成功したのが嬉しそうな笑顔を見せた。
 彩葉は前かがみになって紹介をする。
「その子は七音ちゃん、小人さんだよ。七音ちゃん。この子は猫又のぷち。家で一緒に暮らすことになったんだ」
「そうなんだー、よろしくね」
「うゆー」
 ぷちはその場に座り込み、じっと七音を見つめる。
 彩葉は煉と桐野の方を向き三人で会話が始まった。
「しかし、子猫が猫又になれるなんてな」
「俺も神無から聞いて驚いたよ。よっぽど強い思いがあったんだろうって」
「ぷちが子猫だったとき、何があったんだろうね」
「にーーー!」
 唐突に七音の叫び声が上がった。
 三人は驚き、七音の方を見る。
「七音!?」
「七音ちゃんどうし……」
 光景を見て、三人は唖然とした。
 プチが両手を使って七音を転がしていた。体が横になり、ボールのように扱われている。体格の差からか、七音は転がされたままで抵抗することが出来なかった。
「にー! にー!」
「うゆゆー。うゆゆー」
 七音は目を回していた。七音の様子に気づいていないのか、プチは夢中になって七音を転がし遊んでいた。
 気づいた彩葉は慌ててプチを抱っこする。
「ちょ、ぷち! 駄目だよ!」
「うゆー」
「七音、大丈夫か!?」
「にー……」
 桐野が七音に近づき、掌へと救い上げる。転がされるスピードが速かったのか、七音の目は渦巻きになっていた。
 彩葉は怒った口調でプチを叱り付けた。
「ぷち、七音ちゃんを転がしちゃ駄目だよ。めっ」
「……うゆー」
 ぷちはしょげた様子でネコミミを垂らす。どうやら、怒られたことを理解したようだ。
 くるりと桐野の掌にいる七音に話しかける。
「うゆゆ……」
「い、いいよー。うちはへーきだよー」
「え?七音ちゃん、プチのいってることが分かるの?」
「うん。わかるよー、ごめんなさいって謝ってる」
「ゆー」
 プチは七音に顔を近づけ、プニプニと頬すりをする。七音もくすぐったそうに頬をすり返した。
 七音とぷちの様子を見て、三人は顔を見合わせ微笑んだ。
 自己紹介が終わり、煉と彩葉は桐野たちに別れを告げ、別の場所へと移動する。
 その後、他の知り合いたちにもプチの事を紹介した。紹介し終えた頃には辺りはオレンジ色に包まれていた。太陽西へと沈み、カラスたちが空を飛んでいる。
 彩葉と煉は並んで家路をたどる。
「すっかり夕暮れだね」
「皆に紹介したからな。すっかり夕暮れになっちまったなー」
「うゆゆー」
「……ふふ」
 煉の隣で彩葉が小さく微笑んだ。
「どうした?」
「ううん。私がここに来たとき、こんな感じで歩いたなって思い出しただけだよ」
「そういえば、そうだったか。あの時もこんな風に夕暮れになってたな」
 煉は空を見上げる。昔、彩葉が知り合ったときも手を繋いで彩葉の紹介をしにいったことを思い出した。
 彩葉は微笑み、プチを片腕で抱え、右手で煉の左手を握った。
「ん?」
「えへへ、昔みたいに手を握って帰ろう」
「うゆゆ」
「……そうだな」
 煉は微笑み、手を握り返した。
 二人は同じ歩幅で夕暮れの道を歩いていった。





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