草始 日本のとある場所に町が存在していた。 町にはさまざまな人間達が歩いて居る。公園で遊ぶ子供、会話をしながら楽しそうに喋っている家族。商店街からは威勢のいい声で野菜を売っている八百屋の姿や、主婦達が沢山集まっていた。 至ってどこにでもある平和な場所。 違うのは、所々に三本の足が書かれた鴉の紋章旗が所々に飾ってあった。 公園で緑色のカーディガンを着たの老翁が地面にパンの粉をまいていた。雀が集まり、パンの粉をついばんでいる。 一匹の雀はパンを食べ終え、空へと飛び立った。向った先は街の近くににある森だ。 森の奥深く、人が誰も近寄らない雰囲気のある場所に神社が立っていた。 人の手入れがまったくされて居ないのかボロボロになっている。赤い屋根は表面がはげ薄ピンク色になり、木材の出来た部分は年月により腐食している。 神社の幣殿にある階段で、一人の少女が座っていた。 明るい茶色の長髪に目元を覆っている前髪。黒い着物には袖にフリルが付いており、下にはピンク色のスカートと黒のストッキングをはいていた。靴は黒い厚底に赤い紐の付いた下駄。 少女が空を見ると、先ほどまで餌を貰っていた雀が飛んでいる。 指を伸ばすと雀が指へと降りてきた。口元に笑みを浮かべ、話しかける。 「おかえり。また街に行ってきたの?」 「チュチュ」 「そっか、いつものおじいさんから餌を貰ってきたんだね」 「チュ」 「あはは、そうなんだ」 少女は楽しそうに雀と談笑している。 他の人間からすればとても奇妙な光景だ。雀は人にはわからない鳴き声を発しているのに対し、少女は理解でき照るかのように喋っていく。 暫く会話をした後、雀が指からは離れ飛び立っていった。 少女は雀に手を振った。 「彩葉」 不意に声をかけられ少女――彩葉は後ろを振り向いた。 何も無かった空間から突如風が吹く。風は徐々に強くなり、砂嵐が待った。 徐々に青年の姿が現れた。 彩葉と同じ茶色の短髪で髪が少しだけ跳ねている。頭には鼬の耳が生えていた。服装は薄い緑色の和服を着用し、藁で出来た履物をはいている。背中には竹籠を背負っていた。 「兄貴」 「なにしてたんだ?」 「街に行った雀さん達とお話してたんだ。兄貴は何してたの?」 「宴会用の食材集めだ。今年はいい山菜やキノコが取れたぜ」 煉は背負っていた竹篭を地面に下ろす。彩葉が近づき覗いた。中には沢山の山菜とキノコが入っている。茶色く平べったいキノコや、緑色で根っこが白い山菜があった。 「わー、美味しそうだね。お肉は?」 「藤吾が猪を狩ってくるってよ」 「相変わらず頼りになるね」 楽しそうに彩葉が笑みを浮かべると、つられるように煉も微笑んだ。 「うるせぇよ」 唐突に本殿のほうから声が聞こえた。 彩葉と煉は本殿を見る。 本殿の扉が開かれると誰かが出てきた。 黒く肩までしかない髪を中くらいで括り、顔には赤い隈取が描かれている。黒い着物には金色の刺繍が施されてる。背中には墨色の翼が生えていた。片手に持つところが赤く、金で出来たキセルを持っていた。 寝起きためか気だるげな表情を浮かべている。 「おそよう、神無さん」 「もうお昼だぞ。ちょっと寝すぎじゃねぇか?」 神無は片手で頭をかき、眠たげな目線をおくる。 「昼間に起きるのが俺にとって普通なんだよ。何の話してんだ?」 「今日宴会があるんだ。神無さんも出席しない?」 「パス。酒と料理だけ盛ってきてくれ」 面倒くさそうにキセルを持っていない手をひらつかせる。神無の言葉に、彩葉は両手を腰に当てた。 「もぅ、神無さんはいっつも不参加だよね」 「別にいいじゃん。妖怪は妖怪同士仲良くしてた方が楽しいだろ」 ふぁっと神無は大きなあくびをする。 妖怪――人間の理解を超えた非日常的な存在。異常な現象を起こし、人の目に付かないよう生きている生物。 この森にはさまざまな妖怪が居る。日本だけではなく、西洋や中国から来る妖怪も少なくは無い。様々な理由があり、妖怪を受け入れている森の噂を聞きつけやってくる。中には国を傾けた狐や、吸血鬼の始祖と言われる存在もいるらしい。 神無と喋っている彩葉と煉も妖怪の一人だ。 彩葉は両頬を軽く膨らませる。 「むー、皆で騒ぐのが楽しいのに」 「その気持ちだけでお腹がいっぱいだ。今日はちょっと用事があるんだよ」 「嘘。本音は顔出し行くのが面倒くさいって言ってるよ」 「ばれたか。流石は妖怪・覚だな」 彩葉は覚と呼ばれる妖怪だ。山から生まれ、旅人の思考を読み同じ発言をする。彩葉が雀と会話が出来たのも、自分の能力を使い雀の心を読んだからだ。 隣に居る煉は鎌鼬と呼ばれる妖怪だ。旋風と共に現れ、悪戯をする子供のように人間の皮膚を切り裂く悪神と呼ばれている。獲物を狩るさい、風と同化し両手を鎌に変えて獲物を狩っている。 彩葉は呆れた声で言い放つ。 「本当、めんどくさがりやだね」 「何を今更」 「開き直ったぞ、この地主神」 神無は森にいる妖怪たちとは違う存在だ。 地主神――その土地を守る神をさす言葉。神無の場合は森や近くにある街を守る地主神を請け負っている。いわば、森の主といったほうが早いだろう。 「とにかく、俺は不参加だ。もう一眠りすっからお休み」 彩葉と煉に背中を向け、本道の中へと戻っていく。本道の扉は自動的に、しっかりと閉められた。 神無が去った後、煉は肩をすくめた。 「相変わらずだな」 「神無さんらしいよね。兄貴、そろそろ私たちも戻ろう。宴会のお料理手伝うよ」 「オ、悪いな。じゃあいくか」 竹のかごを持ち直し、彩葉と煉は神社を後にした。 これから語られるのはとある森で妖怪たちが待ち起こすちいさな御話。 |