「うーん」
 彩葉がベッドの上で寝転がりながら何かを見つめている。それはコンビニでよくおかれている、求人雑誌だ。
 寝子島で過ごす毎日は楽しい。面白いお店や美味しいケーキ屋、おしゃれな服を売っているブティックと沢山ある。
唯一の問題があれとすれば――お金だ。
何を食べるにしても買うにしてもお金がいる。お金が空から降ってくることも無ければ、偶然都合よく宝くじに当たることもなし。ようは、稼ぐためにバイトを探しているところだ。
「中々無いなー。十五歳以上で募集しているところ」
高校一年生であり、高校生である分働ける時間と場所が限られてくる。十八以上か高校との時間が会わないお店が多い。しかも、バイト未経験者を募集しているところも少ない。彩葉は軽くため息をつく。中々難しいなぁと考えながら次のページをめくった。
 視線を移動させるとある広告が目に付いた。
「未経験者大歓迎?」
 雑誌を見ていると、高校が終わる時間帯から夜の八時までと書いてある。時給の欄を見て、驚きの声を上げた。
「研修期間八百五十円!?」
 一ヶ月の研修八百五十円から、研修が終わった後九百円とかいてあった。八百五十円は彩葉からしたらとても魅力的な数字に見えた。
距離的には桜花寮から遠くないシーサイドタウンにあるようだ。
仕事の欄へと目を移す。
「喫茶店・ボヌールの店員?」
 仕事はレジ業務や接客と書いてあった。接客はやったことが無いが、店員のやる事を良く見ていた。
「応募してみよう!」
 まずは応募してから考えようと思い、彩葉は携帯に手を伸ばした。雑誌に書いてある電話番号を素早く押していく。
 電話をかけ、面接日を決めた。

 土曜日。雲ひとつ無い貝瀬に、柔らかな太陽の日差しが降り注ぐ。
 履歴書と筆記用具が入ったバッグを持ち、電車でシーサイドタウンまで乗りついた。
普段下げている前髪はちゃんとヘアピンでまとめ、長髪をポニーテールにしている。服装は簡易なもので、春らしいチェックのワンピースに黒いレギンスをはいていた。
 キャットロードの近くにバイト先があった。
「ここかぁ」
 クリーム色の建物に赤い色の屋根。窓際には木材で出来たガラスが張ってあるドアの取っ手に手をかける。どんなところだろう、彩葉は期待に胸を膨らませながら扉のドアを開けた。
 瞬間、思考を停止させた。
 ゆっくりと扉のドアを閉める。
 彩葉は腕で自分の目をこする。自分の見間違いか、もしくは目の錯覚だと思考した。
 呼吸を整えもう一度扉を開ける。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……」
 錯覚でも見間違いはないと認識した。
 目の前には喫茶店の店員らしき女性が立っている。目つきは釣り目気味だが、柔らかい笑みを浮かべていた。
 彩葉が目を疑ったのは、彼女の着ている服だ。
 店員着ている服が――メイド服。
 秋葉原にあるような胸元が開いたりスカートの丈が異様に短いものではなく、漫画やドラマで見るような長いスカートで紺色のクラシックなメイド服だ。頭にはホワイトブリムを付けている。
 彩葉は思った。もしかして自分は来る店を間違ったのではないか、この店の隣の喫茶店だというオチじゃないかと疑う。
「あ、あのー」
「はい」
「ここって、喫茶店・ボヌールですか?」
「はい。ここはボヌールでございます」
 間違いではなかったようだ。
「あ、あの、今日面接を受けに来た高梨彩葉です」
「あぁ、そうでしたか。私についてきてください」
 彩葉は恐る恐る喫茶店内へと入っていく。店内は壁が木材で出来ており、暖色の壁紙が張ってある。白色の椅子に丸い木のテーブル。
 喫茶店内にはスーツを着たサラリーマンや談笑中の主夫やら色々いた。案内してくれている人以外にも、メイド服を着ている女性は他にも居た。食べ物を運んでいる子や、食べに来ているお客と楽しそうに談笑していたりと様々だった。
 喫茶店の奥にあるドアを開けると廊下らしき場所に出る。彩葉はものめずらしげに辺りを見渡した。壁際にあるドアの前でとまり、ノックをする。
「店長。面接希望の方がいらっしゃいました」
「入ってもらって」
 メイドが扉を開け、彩葉を促す。
「どうぞ」
 彩葉は中に入る。部屋の中にあったのは、四角いテーブルとパイプ椅子があり、動かすことが可能な大きなボードがある。
 迎側には男性が座っていた。
 黒い長髪をゆるく縛り片方にたらし、左目を前髪で隠している。顔立ちは中々整っており、イケメンと言われる部類だ。
 男が彩葉へと視線を向け、声をかける。
「どうぞ。その椅子におかけになって」
「失礼します」
 彩葉は一礼をし、パイプ椅子へと座った。
 迎側の入る男は人のよさそうな笑みを浮かべた。
「まずは自己紹介ね。私は、この店の店長をやっている篠塚よ。よろしく」
「は、初めまして、面接を受けに来た高梨彩葉です」
「それじゃ、まずは履歴書を見せてくれない?」
「はい」
 持ってきた鞄から履歴書を取り出し、篠塚へと渡す。篠塚は履歴書を受け取り見ている。
 彩葉はじっと篠塚を見つめる。(口調が女の人そのものだ)外見はかっこいいのに女の口調がギャップを感じる。巷で言う、おねぇという人なんだろうと思った。
 そこからは簡単なやり取りをし、滞りなく面接は進んでいった。
「じゃあ、採用決定ね」
「へ!?」
 あっさりと採用が決定したことに、彩葉は驚いた声を出す。
「え、えっと、そんなにあっさり採用決定でいいんですか?」
「ええ、態度も悪くないし顔もいいしね。雇わない理由が無いわ」
 少しだけ彩葉は複雑に思う。顔を優先して選んだってことですかと聞きたい気持ちがあったが、喉元で消去した。
「それで、そちらからなにか質問はある?」
「あります。ここって普通の喫茶店じゃないんですか?」
「違うわよ。ここはメイド喫茶・ボヌール、疲れた人たちを癒す憩いの場よ」
「で、でも、求人広告にはメイド喫茶なんて書いて無かったですよ!?」
 彩葉は持ってきた求人雑誌を取り出し、ボヌールの求人が書いてあるページを開き指を射した。
「ほら喫茶店・ボヌールって」
「上の振り仮名をよーく見てみなさい」
 店長が指差す振り仮名を見てみる。そこには小さくメイドきっさと書かれていた。(え、えー!?)あまりのことに心の中で絶叫をする。まさかふり仮名のところに書かれているとは思ってなかった。自分の注意力がなかったから見落としたのかもしれない。
「分かりにくくてごめんなさいね。貴方のように騙……じゃなかった、良く見てなくて来る子も多い見たいね」
「今とんでもないこと言いかけませんでした?」
 自分の聞き間違いではなかったら騙の文字が聞こえたような気がする。
 篠塚はコホンっと軽く咳払いをした。
「まぁ、それはおいといて。メイド喫茶だけど恥かしいことは何一つやらせないわ。仕事内容は他の喫茶店同様に注文の受け取りとレジと閉店後の掃除くらいね」
「もえもえ何とかとかやら無いんですか?」
「やりたいの?」
「絶対嫌です」
 はっきりと即答する。そんな恥かしいマネしろといわれたなら、この店を即効で去っていただろう。
 店長は笑いながら彩葉を見つめている。
「そういうことは一切させないわよ。あとそうねぇ、この店は変装を推奨してるわ」
「変装?」
「そう。ちょっと昔トラブルがあってね、カツラを被ったりカラコンを付けたりして変装させているのよ。バイトの全員が変装しているけど、強制はしていないわ」
「なるほど」
 自分は変装する必要が無いか、と思ったが彩葉はよくよく考えてみる。
 仮に自分がメイド喫茶で働いていると他の人たちに知れたらどうなる?
 高確率で知り合いの人たちにからかわれるのが目に見えている。あえて誰とは言わないが、わざわざ店にまで来てからかう姿が浮かんでくる、
 彩葉は思う、それだけは絶対に避けなければならない。こんなことをネタにされたら恥ずかしすぎて悶え死んでしまう!
「どうかした?」
 篠塚の言葉に、彩葉は意識を取り戻した。
「なんでもないです。あと、バイト初日に持ってくるものとかありますか?」
 そこからは事務的な質問が続き、面接も無事に終了した。
 彩葉は店を後に、キャットロードを歩く。
「なんか、大変なことになったなぁ」
 普通の喫茶店だと思った場所がメイド喫茶だった。自分の兄に話したら多分爆笑されるだろう。
 だが、彩葉の中に辞退するという選択肢は無い。店長が雇ってくれたのに無碍にするなど失礼千万。
 受かった以上、ちゃんと働くのみ!
「よし、明後日から頑張るぞー!」
 天に向って彩葉は拳を突き出した。
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