目が覚めると、白い天井が見えた。
 頭が若干ボーっとする。体を起き上がらせようとすると、焼け付くような痛みが走った。
「いっ……!」
 体を見てみると腹の部分に包帯が巻かれている。頬に手をやるとガーゼが張られていた。周りを見渡すと、白い壁と窓から陽光が射している。どうやら、ここは病室らしい。
 目を閉じ、何があったのか思い出そうとする。(……ああ、そうだ)ぼんやりとしているがなんとなく思い出してきた。いつもなら絶対にやらない無茶をやって、意識が飛んだところまでは覚えている。
 扉が開く音がした。
 見てみると彩葉の部隊に所属している初島がいた。目を見開いて驚いた後、俺の元へと走りよる。
「た、高梨副隊長!? 起きたんですか!」
「ああ、はよー。……初島、俺どれくらい寝てたんだ?」
「半日です。運びこまれたからずっと意識不明だったんですよ!」
「……まじか」
 半日も眠っているとは思ってなかった。いや、あれだけの事やって半日で済んでいることを幸福と思うべきなのかもしれない。
「と、とにかく、彩葉隊長呼んできます!」
「おーう。悪い」
 慌てた様子で初島は部屋から出て行った。(他の奴等にも心配かけたかもしれないなぁ)怪我が治った後、謝罪をしておいた方がいいだろう。
 廊下から騒がしい足音が聞こえる。
 大きな音ともにドアが開かれた。
「煉ちゃん!」
「煉!」
 けたたましくドアを開けたのはブドー隊長と桐野隊長だった。相当走ったのか、二人とも荒く息を乱している。俺は二人に手を振る。
「はよー」
 一瞬安堵の表情を見せたかと思うと、桐野は目を吊り上げた。荒い足取りでベッドへと近づき、両手を大きく叩きつける。ベッドが少しだけ揺れた。
「はよー、じゃねぇだろ!! なんであんな無茶したんだよ、下手したら死んでたかも知れねぇんだぞ!」
「桐野隊長、病室だからボリューム落としてくれよ」
 桐野の声のでかさに耳を塞ぐ。病み上がり相手に怒声飛ばすなよといいたかったが、言ったら余計に怒りを買いそうなので喉元で消した。
 後ろに居たブドーもこちらに近づいてくる。
「きりのんの言うとおりだぜ。煉ちゃんが半日も寝てるから、俺全然仕事に手が付かなかったんだぜ!」
「その仕事俺に押し付けるきじゃねぇよな?」
「そそそ、そんなことしないよ!?」
 ブドーはあからさまに目を泳がせ、顔をそむけた。(こいつ……)もしも押し付けて着たら絶対笑顔で付き返してやろうと心に決めた。
 顔をそらしていたブドーが真面目な表情をこちらへと向ける。
「けど……どうして無茶したんだよ。いつものお前だったら、あんなことしねぇだろ」
「ブドーの言うとおりだ。彩葉さんがどれだけ心配したか、わかってんのか?」
 二人はじっと俺を見つける。
 俺はわざとらしく大きなため息息をついた。
「それ、お前等が言うか?」
「……へ?」
「俺から言わせりゃー、仲間庇って無茶してボロボロになって帰ってくるお前等が言うなと反論させてもらうぜ」
 俺が無茶した原因はこの二人だといっても過言じゃないだろう。
 俺たち五番隊や桐野が率いる二番隊は最前線に出ることが多い。怪我をするのも日常茶飯事といっても、過言ではないだろう。戦場の前線に立っているから仕方ないともいえる。無茶をする状況だっていくらでもある。
 しかし、この二人は別だ。
 無茶の仕方が他の奴等よりも上なんだ。他の隊員よりも怪我をすることも多い。部下を庇ったり、自分の身を省みなければそうなるのは当然だろう。どれだけ怪我をしても、目の前に怪我をしている隊員が居たら絶対に放っては置かないだろう。だからこそ、ブドーと桐野は隊長として慕われているのかもしれない。
 そういう二人だから、俺もついていこうと決めた。
 だが――無茶する姿を見ている方としてはたまったもんじゃない。
「お前等が勝手に無茶するから俺も勝手に無茶しただけだ。……無茶する奴を見る人間の気持ちが分かったか?」
 無茶をするな、なんていわない。さっきも言ったとおり無茶をしなきゃならない状況だってこれからも出てくるはずだ。
 俺は、自分のみをまったく省みない無茶だけは止めてほしい。もしもまた、ブドーと桐野が無茶を繰り返すんだったら同じ思いを味わってもらうだけだ。
 数秒の沈黙が部屋を支配する。
「……ごめん」
「……わるかった」
 ブドーは真剣な表情、ブドーは罰悪そうにそっぽを向きながら謝ってきた。
 分かってくれたと解釈していいんだろうか。(都合よく解釈しとくか)えらそうに説教めいたことをたれたが、心配をかけた事についてはちゃんと謝ろう。
「分かってくれたらそれでいいよ。……俺も心配掛けて悪かった、ごめん」
「じゃ、お相子ってことでいい?」
「だな」
 重苦しかった雰囲気が一気に和らいだ。桐野も安堵の笑みを浮かべ、ブドーもいつもどおりの笑顔を見せた。
 その時、唐突に病室のドアゲ開く。
「ん?」
 部屋に入ってきたのは彩葉だった、片手には救急箱を持っている。
「あ、彩葉ちゃん。やっほー」
「彩葉さん」
「……」
 彩葉は桐野とブドーの挨拶を無視し、無言で俺へと歩み寄った。
 救急箱を近くにある椅子へと置く。
 パァンと何かを打つような音が病室に響いた。
 左頬の皮膚がピリピリとした痛みを帯びてくる。
一瞬、何が起きたか理解できなかったが、徐々に思考が戻っていく。
 彩葉がガーゼが張っていないほう頬にビンタしたんだと理解した。
 そういえば、無茶をする前に彩葉に伝えていたことをすっかり忘れていた。無茶の度合いによっては一発殴らせろと約束していたんだった。(そりゃそうか)半日も眠ってたんだから、頬をビンタされても文句は言えない。
 桐野とブドーを見てみると、驚いた顔で彩葉を凝視している。
 彩葉は怒ってもいないし悲しんでもいない、無表情な目で俺を見下ろしていた。
 黙っていた彩葉が口を開いた。
「私が怒っているのがわかる?」
「ああ、わかる」
「それならよし。包帯かえるから、じっとしててね」
「へーい」
 手を上げる。どうやら、今はビンタ一つで怒りが収まったようだ。
 俺を見ていた彩葉がブドーと桐野のほうを見る。二人はビクリと体をゆらした。多分、自分もビンタされるのではないかと身構えているんだろう。
 無表情だった彩葉がニコリと微笑んだ。
「お二人とも。治療を始めますから、病室から退室願えませんか?」
 無表情からの笑顔で言われると、怖さが増したような気がする。(言葉の後ろにお前等とっとと出て行けって文字が見えるのは気のせいか?)気のせいであってほしいなと思った。
「りょ、了解! それじゃあ煉ちゃん安静にしててね!」
「お、お大事に!」
「おう」
 ブドーと桐野はあわただしい様子で病室から出て行った。
 二人が出て行ったのを見送った後、彩葉は病室の鍵をかける。
 こちらに向って走り出し、抱きついてきた。
 何とか彩葉の体をキャッチする、抱きついた衝撃が怪我に響いて地味に痛い。
 顔を見ると目には涙を浮かべながら怒っていた。
「馬鹿! 兄貴の馬鹿! 馬鹿、馬鹿!!」
「彩葉、痛い」
「私の心の痛みを味わえ!!」
「まじでいてーから、もう十分味わってお腹いっぱいだから」
 彩葉はきつく抱きしめる。しゃっくりを上げて泣いている声も聞こえる。妹の背中を軽く叩き、幼子のようにあやす。
 手のかかる妹を慰めるのに時間がかかるだろうなぁと、軽くため息をついた。
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