「ねぇ、まだ忘れてないの?」

俺の前に立って迷惑そうな顔をしながら言うなまえに、俺は意味が分からない振りをして怪訝そうな顔をして見せる。

「未だに忘れてないのなんて君ぐらいだよ?」

お前の親は忘れてないだろう、なんて言ってもどうせなまえはムカついた顔をするだけだろうから、「そうかよ」とだけ返しておく。

「さっさと忘れてよ、正直迷惑。」

「なんでお前が迷惑なんだよ。」

俺がそういうと、なまえは目を少し見開いて驚いた顔をした。この質問が意外だとでも言うのか。

「…なんで、ねぇ…。…だって、君が忘れてないと、私がいなくなれないわ。」

何が面白いのか目を細めてくすくすと静かに笑うなまえに、俺はある決意をした。

「…なら、俺はずっと忘れなねーよ。」

「なんで…?」

「なんでも何も、俺さえ忘れなきゃ、お前は消えないんだろ?だったら、俺だけは絶対に忘れねぇ。」

お前に消えて欲しく無いからな。なまえはまた驚いた後、あきれ顔をしては溜息をついた。なんて失礼なやつだ。

「全く、君は馬鹿なんだね。皆、忘れることで進むんだよ?君は進まないつもり?」

「そんなつもりはないっての。別に、お前を忘れてなくても前ぐらい進んでやるわ。」

「…ふふ、君は本当に馬鹿だね。あぁ、そろそろいなくなれると思ってたのに、君のせいで当分消えられそうにないや。」

何処となく嬉しそうななまえに、お前はどれだけ天邪鬼なんだと言いたくなる。消えたいのか消えたく無いのか、どっちなんだ。

「君が私を忘れるまでは見ていてあげるから、せいぜい私を退屈にさせないように頑張ってよね、晴矢くん?」

そうなまえが悪戯な笑みを見せたのを最後に、視界にはいつものなまえのいない自分の部屋が映り込んで来た。

「あいつ…、ほんっと性格わりぃ…。」

久々になまえに呼ばれた自分の名前に、心臓がいつもよりも早く動いてるのがわかる。不意打ちとかないだろ…。と、恐らく赤くなっている顔を隠すように膝を抱え込んで頭を項垂れた。


title by venus
2012.09.15

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