「嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!」
いつしかのまだ餓鬼の頃の俺がそこにいた。嫌だ嫌だと連呼しては駄々をこねていて、この姿はなんだか記憶にあった。
俺の前にいたのはなまえで、どうしたら良いのかと困った顔をして、俺に触れようとし触るなと言う俺にあまり表面に出ていないが悲しそうな顔をしていた。
「触るな!どっか行けよ!お前も俺のことなんか捨てるんだろ!?」
『そんなこと…』
「うるさい!!」
あんなに悲しそうにさせといて言いかけてる言葉も聞かないなんて、本当に餓鬼だ。あぁ、思いだした。これは確か、俺がお日さま園に馴染みきる前のことだったな。
周りの連中なんかとはまだ信用なんて出来てる筈もなくて一人でいるの方が多かったとき、それでも少し俺は懐いてる奴がいた。
そいつは俺より3つ程年上で、チビ達からは年のそう遠くないお姉さん的な感じで瞳子さんやヒロ兄とかよりも、遊んでくれる対象となってた。
そんな中でも、何故か俺に話掛けては一緒にサッカーやろうって執拗に言ってきて、最初はなんだこいつ、とか話掛けるなとか思ってたけど、だんだんとそいつと居るのが楽しくなってきていた。きっと惹かれていたんだろう。
そいつも俺らと同じ孤児で、悪く言えば捨てられた様なもんなのに、なんでそんなに割り切ったように楽しそうに出来るんだろうか、
なんで捨てた奴らを許せるんだろうか、悲しむ素振りを見せないんだろうか、そのときは全然わからなかった。
そしてある日、そいつが此処から居なくなるかもしれないという話を耳にした。つまり、引き取り手が見つかるかもしれないってこと。
俺から離れないでいてくれる、って思い込み始めたときだったから、一気に心が不安定になった。
そのことで、勝手に居なくなると思い込んだ俺は部屋に篭っていて、そいつが来ても黙ったままだった。
『マサキ、どうしたの?何かあった、とか?…黙っててもわかんないよ。』
「………」
『ねぇ、マサキ?』
「………るさいっ、うるさい!!」
『マサ、キ…?』
「みんなみんな、俺を捨てるんだろっ、信用したって裏切られるだけなんだ!」
嫌だと触るなを繰り返した。何も聞きたくなくて、声をはって、なまえの声が聞こえないようにした。
親が金を稼げなくなった、なら当然子供を養うことなんてできない、だから孤児院に行くのはしょうがない。
わかってはいるけど、まだまだ餓鬼だった俺はどうしても親に捨てられたという思いが出てきてしまっていた。
だから居て欲しい奴が離れていくのはどうしても、思いだしそうになるし、ましてや好きにすらなりかけていた奴なら余計に、だ。
そう騒いでいる内に、気づいて心配した瞳子さんやヒロ兄が来たけれど、なまえは任せてとでも言うような目線を送って、ヒロ兄達は扉を閉めた。
『…マサキ、私は別に何処にも行く気はないよ?』
「嘘だ…!だって…っ」
今日瞳子さん達と話してたじゃないか。言おうとして止めた、いや、言えなかった。肯定されたら嫌だった。
それでもなまえは、あくまで落ち着いた風に話掛けてきた。いつだってそうだ、きっと自分がしっかりしてなきゃとでも思ってたんだろうか。
『もしかして瞳子さんとの会話聞いたの?』
「……っ…、」
なまえから言ってきたことに驚いたのと、これから来る言葉が怖くて頷くことしか出来なかった。
なまえは小さく溜め息をついてからなるほどね…、と呟いた。
『安心してよ、今はまだまだその心配はないから。ただ、少しだけ可能性はあるかもしれないってこと。けど、私はマサキを捨てるつもりなんてないよ』
どういうことか、よくわからなかった。可能性はあるってことは、結局は居なくなるかもってことで、俺から離れることにも繋がるだろ、って思ってた。
でも、しばらくはそういう話が本格的にはならないって知って少しは安心したのかもしれない、なんとなく不安が消えた。
その後は、行こうと言うなまえの後ろに隠れて皆の居るところに向かった。たしかヒロ兄に心配かけさせるなとかなんとか少しだけ怒られて、晴矢と風兄に変な眼差しを向けられてた気がする。
『……キ、マサキ』
誰かの声がやや上から聞こえて来て、ハッとなって目が覚めた。寝ていた?ってことはさっきのは夢か…、やけに変な夢だよな記憶そのまんまだなんてさ。
まだ目が虚ろなまま視線をあちこちに向けていると、此処がなまえの部屋だということに気づき、なまえはそろそろ重いからどいて欲しいな、と言ってきた。
確かに、ずっと寄り掛かっていたんだったら重くない筈ないよな。
『珍しいね、マサキがこんなに長く人の傍で寝てたなんて。』
「…そうか?」
『うん、私があそこに居たときはそんなん希少価値だったじゃん。あ、でもヒロ兄達といるときは割と別だったけどね』
くすりと懐かしむ様に言うなまえ。そうだ、なまえはもうお日さま園にはいない。数ヶ月前、俺が中1になって少しした頃に此処に引き取られたんだった。
なまえは、俺捨てるつもりはないという言葉を守るかの様にこっちに引き取られることが決まった時、俺に相談を持ち掛けた。
「ねぇ、もし、マサキが良いなら私と一緒に来ない?新しいお父さん達はそうしたいなら別に良いよって言ってくれたの、でも、判断はその子に、マサキに任せなさいって。」
その誘いが嬉しくはあったけど、俺は断った。会いたければ会いに行ける距離だったし、色んな迷惑をかけることになるだろうし、って考えられるようになっていたから。
『そういえばマサキ、雷門に転校したんだよね』
「え、…うん。」
『どう、楽しい?』
なまえは雷門に憧れてたらしいから興味があるのはわかるけど、そんなん聞かれても…。考えるための唸り声しか出てこない。
『友達は?いじめとか無いよね』
なんか、心配する保護者みたくなってきてないか?気のせい…じゃないな、絶対。
「友達は…、一応。」
『へー、どんな子達なの?』
友達だって言っていいのかとかはわかんないけど、天馬くん達ならまぁいいか。って思えんのはなんでだろうな…。それにしても、答えがわかりにくい質問ばっかしてくんなよ。
「どんな奴らって……、しいて言うなら変なやつら?」
答えになってるか定かじゃないけど、なまえが羨ましいなんて言って笑ってんなら良いや。そう思えるようになった俺は随分と丸くなったもんだ。
「…………ありがとな、」
好きって気持ちはまだ残ってるけど、そんなもん普通に言えるわけないから、
取りあえずは目を合わせないようにして俯いて聞こえるかわかんない程度に小さく言ってみた。
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