FFI本選中のある夜。私はこっそり部屋を抜け出し、宿舎前にあるあの馴染み深いグラウンドに来ていた。理由は特にない。敢えて言うなら、ただなんとなく星を見たくなったから。眠れなかったというのもあるけれど、それよりも自分の気紛れでここに来たという表現の方がしっくりくる。
昼間に選手達が練習しているこの場所は夜になると何とも殺風景に感じられた。試合前とはまた違った緊張感、あれだけ賑やかなのが嘘のように静まり返っている。なんて言うか、不気味。ほんのちょっとだけ怖いかも。そんなことを思いながら私はゆっくりと中に入っていき、普段からよく座っているベンチの一画にそっと腰を下ろした、その時だった。


「就寝時間は過ぎているぞ」


突然声を掛けられびくっと身体を揺らす私。振り向き目を凝らせばそこにいたのは少々呆れ顔をした私の彼氏だった。「なんだ有人か、びっくりした」全くもう、監督だったらどうしようかと思っちゃったじゃん。


「何をしている」
「ほら、今日は星が綺麗でしょ?外で星を見るのもいいかな、なんて」
「名前の部屋から見ればいいじゃないか」
「興味が湧いたの。いつもと違う雰囲気のここで見るのもいいなって。こんなに怖いとは思わなかったけど」
「なら今すぐ帰るぞ。こんな時間に外に出るのは危ない。それに監督に見つかったら相当注意されるのは目に見えて、」
「もう、相変わらず心配性なんだから!大丈夫だよ、有人が来てくれたもん」


まあ、監督が来ない根拠は何もないんだけどね。
そう言ってへへっと子供のように無邪気に笑えば仕方のない奴とでも言いたいのだろうか、彼はさらに呆れた様に笑って此方に歩み寄ってきた。
黒いTシャツに普段着ているのとは違う見馴れないジャージ、下ろされたドレッドヘアにゴーグルを外した姿。それはとても新鮮で私の心臓はとくんと高鳴る。私はハーッと両手に息を吹き掛け、寒いのを装いながら自分の顔をそっと隠す。よかった、辺りが暗くて。今の私、きっと顔が赤くなってるもん。寒さからくるのと、…後は言わなくてもいいんじゃない?
そのまま隣にやって来た彼は先程の私と同じようにそっと其処に座る。「風邪引くぞ」そう言って肩にかけてくれたブランケットによって私は温もりに包まれた。あ、微かに有人の匂いがする。なんだか抱きしめられているみたい。嬉しくなって思わずぎゅっとそれを抱き寄せたことにあなたは気づいてくれたかな。


「有人はどうしたの?」
「いや、名前の姿が見えたから来ただけだ」


丁度俺も部屋で今日は星がよく見えると思っていた。
そういって、フッと笑った彼にまたしても胸が跳ねる音がする。…嗚呼、本当に狡い人。だからその分、余計に頬が赤みを帯びたのは私だけの秘密にさせてね。

私達はそのままどちらともなくそっと夜空を見上げた。
此方の方が空気が澄んでいるからだろうか、空自体が東京よりくっきりとした感じがする。その中で星は1つ1つ綺麗に瞬いていた。
こんなに自然豊かな場所なのだ。夜の風に当たって、都会じゃなかなか見られない星をゆっくり見るのも趣があると思う。


「綺麗だね」
「ああ」


たったそれだけの会話にも温かさを感じた。理由はわからないけれど無性に涙が溢れそうになった。私はそっと有人の肩に頭を預ける。直後、優しく添えられた彼の手が私にひどく安心感を与えた。


「…幸せだなあ」


ふと、無意識の内に口から紡がれた言葉。自分でも一瞬驚いたけれど、すぐにわかった。私は今、怖いくらいに幸せ。これこそがまさに、私が心の底から思っていることなんだよね。
隣にいる彼の雰囲気が先程よりも柔らかく、そしてさらに温かくなったような気がした。距離が近すぎて見えないから確かではないけれどきっと彼、今微笑んでいるんじゃないかな。
そんな彼にも愛しさを感じ、ぐりぐりと頭を擦り付けたら嫌そうな声で止めろと言われた。だけどそう言いながらも自分だって私の頭から手を退かさない。何だ、満更でもないんじゃん。素直じゃないんだから。

そんな有人も大好きなんだけどね。
そこまで口にしない私はもっと素直じゃない。
そんな2人の行く末を見守るかのように、或いは2人の幸せを讃えるかのように。私達の上空では一筋の星がきらりと輝いた。


うん、たまには気紛れで動くのもいいかもしれない。


次の日の朝、たまたま私達の姿を目撃した春奈が至極楽しそうにみんなに言い触らし、1日中周りに冷ややかされたのはまた別のお話。




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